約 1,207,382 件
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/427.html
せつな「『ラブプラス』……って、これって何のゲーム? 最初にラブの名前が付いてるって事は、プリキュアのゲームかしら?」 ラブ「うーん、あたしはゲームあんまりやらないからよくわからないんだよね。 ブッキーがゲーム結構好きだから、聞いてみたら?」 せつな「……というわけなんだけど、ブッキー、知ってる?」 祈里「ひゃあっ!」 せつな「どうしたの?」 祈里「あのね、せつなちゃん……アカルンで部屋に来て いきなり背後から話かけるのは止めてほしいんだけど」 せつな「そうね、ごめんなさい。 今度からちゃんと正面から話すようにするわ」 祈里「いや、そこが問題じゃなくて……って、この件は今度ゆっくり話しようね。 ……で、『ラブプラス』だっけ。ハイ、これがそうよ」 せつな「ふーん、これがそう…… ……パッケージに描いてあるのが女の子の絵ばっかりで、よくわからないわ」 祈里「これは、恋愛ゲーム……って言えばいいのかな。 簡単に言うと、女の子に告白して、お喋りしたり、デートしたり…… あ、キスの練習なんかも出来るのよ」 せつな「キスの練習?!」 祈里「うん、ほら、こんな感じで」 せつな(わ……ほんとだ、まさか、ゲームでキスの練習が出来るなんて……。 私もまだまだこの世界の事、勉強不足だったみたいね。 でも、これがあれば……) 祈里「……せつなちゃん、どうしたの?何か難しい顔してるけど」 せつな「ね、ブッキー、そのゲーム、貸してもらってもいい?」 祈里「うん、いいよ、私はもう全部クリアしちゃったから」 せつな(よーし……これで練習して、上手にキスが出来るようになれば、 きっとラブの方からもっとキスして欲しいってねだってくるようになるに違いないわ。 精一杯頑張って、幸せゲットしてみせるわよ!) そして翌日 せつな「さあラブ、覚悟しなさい。徹夜の練習の成果、見せてあげるわ!」 ラブ「せつな、その前に一つ教えて欲しいんだけど…… その右手のタッチペンをあたしに向けて、一体何をするつもりなのかなあ?」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/339.html
第8話 ただ、好きだから せつなに、会いたい。 あたしは美希の家から全速力で走って帰った。さすがに心臓がバクバク言ってる。 気づけば、もうとっぷり日が暮れて月が顔出している。 お母さんにお小言くらうだろうな。 玄関にせつなのローファーがきちんと揃えて置いてある。 よかった、帰ってるんだ。 「お帰りなさい。ラブ、遅いわよ。」 お母さんがちょっと怖い顔をする。 「ゴメンナサイ。美希たんとお喋りしてたら遅くなっちゃって。」 あまり遅くまでお邪魔しないのよ、と軽くお小言。そんなに怒ってないみたい。それより…… せつなは?そう聞く前にお母さんが口を開く。 「せつなちゃん、また具合悪くて寝てるから静かにね。」 すごい熱なのよ、と、お母さんは心配そうに溜め息をつく。 「まったく、ラブと言いせつなちゃんと言い、どうして倒れるまで無理 するのかしら。」 病院に連れて行こうとしたみたいだが、せつなは寝てれば平気だから、と 頑なに拒んでいるみたいだ。 お母さんの事だ、明日も熱が下がらなければ有無を言わさず引き摺って 連れてかれるだろうけど。 せつなの部屋の前に立つ。ノック一つになんでこんなに勇気がいるんだか。 (あたし、今日こんなんばっか…) コンコン……。 返事なし。そっとドアを開けて音を立てないように、ベッドに近づく。 せつなは浅い呼吸を繰り返している。寝苦しいのかも知れない。 額に触れると、火のように熱い。それに、何だか痩せた。 昨夜の、抱き締めたせつなの体の熱さを思い出した。 昨日も、その前もきっとずっと熱があったんだ。 考えてみれば、放課後に祈里と会い、夜もあたしがろくに眠らせない。 それにも係わらず、家でも学校でも変わらぬ笑顔で過ごしてたんだから、 ものすごい精神力だ。ストレスだって半端じゃなかっただろうに。 「……ごめんね。」 あたし、せつなが苦しんでるの分かっていながら知らん顔してた。 自分が傷付くのが怖くて、せつなを無視してた。 せつなはあたしが好き。そう信じてたはずなのに。 自分が一番辛いと思ってたよ。 少し汗ばんだ額にかかる髪をはらうと、せつなが軽く呻いて寝返りを打った。 「……ラブ…?」 せつなの瞼がゆっくりと開く。少し、ぼんやりしてダルそう…… 「…ごめん、起こしちゃった?」 あれ?………何だろう、この感じ。 (ああ……、そっか。) せつな、あたしの目を見てる。 弱々しい、力のない目。だけど、真っ直ぐに見つめてくれてる。 せつなの瞳に映った自分を見るのは、どれくらいぶりだったっけ。 「熱、どれくらいあるの?」 「………さっきは、38.8度だった。」 そんなにあるんだ。お母さんが心配するはずだ。 あたしはベッドの横に座り、寝ているせつなに視線の高さを合わせる。 「……ゆっくり、寝てなきゃね。」 せつなの髪を撫で、熱を確かめるように額や頬、首筋に触れる。 なるべく優しく。少し前まで、当たり前にしてたように。 少し戸惑った様子のせつな。 そうだよね、あたしだってこの頃せつなの顔マトモに見てなかったんだから。 それに…… こんなふうに、ただ何もせずに触れるだけって言うのも。 マジであたしがせつなに手を伸ばすのって、ベッドに押し倒す時だけだったな、 なんて……。せつなも倒れるはずだよ。 「お腹とか、空いてない?」 「………さっき、お母さんがリンゴ持ってきてくれた……」 擦りおろしたやつ、と少しせつなが笑う。 やっぱりちょっと戸惑ったような表情。 それでも、目はそらさない。 何となくそのまま見つめ合っていたい気分だった。 あたしはせつなの髪を指に絡めたり、頬や顎に触れる。 こんなにちゃんとせつなの顔を見るのは本当に久しぶりだ。 (……痩せちゃったな。) 改めてそう思う。顔色も熱が高いのに何だか蒼白い。 本当に、具合が悪そうだ。 せつなは物言いたげに何度か唇を開きかけ、また躊躇うようにつぐむ。 瞳が揺れて、伏せてしまいたいのを必死に堪えているように潤む。 「……あのね、……ラブ……」 震える声が懸命に言葉を紡ぎ始める。 「………私、……話さないと、…いけないことが、あるの……」 髪を撫でていたあたしの手を、せつなの火照った手が握る。 「………私…ね……」 握る手に力がこもり、じっとそらす事のなかった眼差しが、とうとう伏せられる。 せつなは握ったあたしの手を自分の額に押し当て、ぎゅっと目を閉じる。 まるで、神に跪き懺悔する罪人のように。 ……ただひたすら、許しを乞うように。 「……せつな。」 もう片方の手で、また髪をすくように触れる。 どう言えば、伝わるか。怯えなくていいと。 分かっているから、恐がらないで……と。 深呼吸する。とても大事な事を言うために。 どうか、ちゃんと伝えられますように……… 「あのね……、せつな。あたし、せつなが話したい事なら。何でも聞く。」 なるべく、優しく。出来るかぎり、心に触れられるように。 「…でも………ね、」 「せつなが、話したくない事は、言わなくてもいいんだよ?」 握られていた手の力が少しだけ弛み、意味を問うような視線を送ってくる。 きつく瞳を閉じられていた間に滲んだ涙が長い睫毛を濡らしていた。 「あたしね、せつなが大好きだから……。」 せつなの瞳が大きく見開かれる。 「せつなが、側にいてくれれば……それでいいんだ。」 せつなが大きく、溜め息のような息をつく。 瞬きするたびにポロポロと雫がこぼれ、枕を湿らせる。 綺麗な子は泣き顔も綺麗なんだなぁ……なんて。思わず関係ないこと考える。 あたしなんか、いつも瞼は腫れるわハナミズ出そうになるわで悲惨なのに。 「………たし、も…好き。」消え入りそうな、せつなの声。 「……ラブだけが……好き。」 だから、まだ、側にいさせてくれる? どうして、こんなに好きなんだろう。 こんなに大好きなはずなのに……… どうして、こんなに泣かせちゃうんだろう。 「……そっか。両想いだね。あたしたち。」 あたしは、明るい笑顔で、軽く言った。つもり。 せつな、笑ってくれないかな? 「うん………。」 ダメだ……。まだ泣いてる。 泣き顔も可愛いけど、また笑顔が見たいよ………って。すぐには無理だよね。 「着替えて、下、行かなきゃ。」 立ち上がろうとすると、少しせつなの手に力が入る。 「お母さんにね、念押されてるの。せつなが疲れるからあんまり話し込むなって。」 あたしはもう一度座り直し、せつなに微笑みかける。 「また、後で来るからね。」 「…本当に?」 「うん…、なるべく早く来るから。」 あたしの方から軽く手を握り直し、ゆっくり放す。 もう一度立ち上がろうとして、……ちょっと、迷ったけど、 せつなの唇に小さくキスした。 一瞬、触れるだけの軽いキス。 せつなの唇は熱のせいか渇いていて、少し震えていた。 あぁ、また泣いちゃったよ。 「後で、来るからね。」 もう一度繰り返し、あたしは部屋を出る。 ドアを閉める前、せつながベッドの上で胎児のように体を丸めているのが 見えた。 第9話 心まで抱き締めてへ続く
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/599.html
何かの音も、誰かの声も、何もかもが聞こえない。 ただ、互いの温もりと、早鐘を打つ己の鼓動と、 そして、触れ合う唇の熱さだけが感じられる。 テクニックなんて知らない。互いに唇を重ね合わせているだけ。 でも、そこから生まれる熱が、ただただ心地よい。 そんな夢のような時間は長くは続かなくて―。 「……」 「……」 「ぷはっ」 「はあっ」 慌ててお互いの顔を離すラブとせつな。 「はあっ、はあっ、はあっ……空気、空気っ」 「ごほっ、ごほっ……私も、息、苦しかった……」 そのまましばらく、自分の肺に空気を送り込む作業に専念する。 「ねえ、せつな」 「何?」 「キスって、難しいんだね……」 「……そうね。おかげで雰囲気が台無し」 並んで二人は、同時に溜息。 テクニック以前に、加減とか、長さとか、 初めての二人には覚えることはまだまだありそうで。 「でも……」 「ん?」 「あたし達……しちゃったんだね、キス」 「……うん」 せつなは頷きながら、自分の指を唇にあて、その形に添ってなぞる。 先程までそこにあった温もりを確かめるように。 「私やっと、ラブにキスして貰えたんだ……」 ゆっくりと、確かめるように呟く。 一言一言、かみ締めるように。 「すっごく嬉しい、ラブ……」 その瞳から、三度、心の雫が零れ落ちる。 「やだもう……私、嬉しすぎて……幸せすぎて……涙、止まらないよ」 目元を押さえ、肩を震わせるせつな。 そのままラブにしがみつくように身を寄せ、目を閉じる。 「せつな……あたしも今、とっても嬉しいし、幸せだよ」 涙を流し続けるせつなの背中を優しく、ゆっくりと 何度も繰り返しさすってあげながら、語りかけるラブ。 「だって、せつなとキスが出来たんだもの。 それって、今まであたしがゲットした中でも、一番の幸せだよ。 ……だからね。この幸せな気持ちの内に、伝えたいことがあるの」 ラブの言葉に、顔を上げるせつな。 向けられるその視線に、ラブは笑いかけてみせる。 これから送る飛び切りの幸せの言葉を受け取って欲しいと、そう願いながら。 「……」 そしてラブは、目を閉じると一度深呼吸、 冬の冷気の混じった空気で、心の中の想いを研ぎ澄ます。 そうして作り出した混じりっ気無しの、純粋な気持ちを言葉に乗せる。 「好きだよ……せつな、大好き。。 世界中の誰よりも、あたしはせつなの事を……愛してる」 最後に紡ぐ言葉は、もっともシンプルで、最も強い、相手を想う意味の言葉。 その言葉と同時に、唇にキスを送る。 嘘じゃない、本心からの言葉だと、その証拠の意味を込めて。 そしてそれに対するせつなの答えは。 「……ひどいわ」 「えっ?」 「本当、ラブったら……私、さっきまでずっと、 嬉しさで泣いちゃうくらいに心が落ち着かなかったっていうのに 今度は「愛してる」だなんて! ひどいわよ……本当に。一体いつまで私の心を掻き乱せば気が済むのよ!」 言い終わると同時にラブの方を向いたその顔にあるのは、笑顔。 最早涙はそこにはなく、喜びの感情をいっぱいに広げてせつなは笑っていた。 「ありがとう、私も愛してるわ……ラブ!」 そしてせつなは、その身を乗り出すと、今度は自分からラブに唇を重ねたのだった。 クローバータウンストリートの中央広場。 今はここに、クリスマスだからということで 町内の人によって飾り付けられた巨大なクリスマスツリーが設置されている。 聖夜の今日、本来ならば家族の思い出を作りに来た親子や、 愛を語らう恋人達で終夜賑わう筈の場所。 だか、ラビリンスの侵攻がニュースで報じられた為か、今この場には全く人の気配が無い。 ただツリーの光のみが虚しく、それでも優しく暖かく輝くこの場所に ラブとせつなは来ていた。 本来ならば美希や祈里たちの待つ公園に、一刻も早く行かなければならない。 でも、ほんのちょっとだけ、もうちょっとだけ二人きりで。 その思いが、二人にここに足を運ばせていた。 「……本当はさ」 ツリーを見上げながら、ラブが口を開く。 「折角のクリスマスなんだから、いっぱい、楽しい事出来ると思ってたんだ。 美希タンと、ブッキーと……多分、シフォン達もこっそりついて来てて、 それで、シフォンのイタズラで大騒ぎになって慌てたりして」 それは、つい先日まではそうなると、当たり前のように思っていたこと。 「その後、ウチに集まってパーティーをやって、そっちでもなんだかんだで 大騒ぎになって、それでもみんな、笑顔で楽しくて」 いつも通りの、ラブと、ラブの周りの人々の光景。 「でね、夜中になったらせつなと二人でこっそり抜け出して、ここに来るの。 そこで、いい雰囲気になって初めてのキス!なんてことになって 最高の幸せがゲット出来たらいいなあ、何て思ってたんだけど」 そして、彼女自身の望んだ幸せの形。 しかしそれは。 「全部……ダメになっちゃったんだよね」 それは今となっては最早、失われてしまった事。 「ラブ……それは」 「うん、わかってる。今のは桃園ラブの……ただの女の子としての愚痴だよ」 こちらを心配そうに見つめるせつなに、そう告げる。 そして続けるのは、決意の言葉。 「大丈夫、プリキュアとしてのあたしは、シフォンを助ける為、 みんなの笑顔を守るために戦うって、ちゃんと決めてるから。 ……それにね」 そして最後に結ぶのは、未来を望む言葉。 「シフォンを助けたら……今年はもう間に合わないけど 来年のクリスマスは、みんなで一緒にやろうって、そう決めてるから」 だから、とラブはせつなの両の手を取り、自分の手で覆うと握り締める。 「その為にも、あたしも、美希タンもブッキーも、それに勿論、せつなも。 みんな一緒に帰って来ないとね!」 全て言い終え、決意を込めた表情を見せるラブ。 せつなはそれに応えるように、目の前の少女と同じ、決意の顔を作る。 「そうねラブ。私も同じ気持ちよ。 絶対にみんなで帰ってこないとね……来年のクリスマスの為にも」 「うん!絶対!」 互いに頷きあう二人。 そして、次の言葉はせつなが続ける。 「じゃあ、その為にも約束、しない?」 「約束?」 「うん、今からすることを来年またここでまたするっていう。 そんな約束よ、どう?」 「すること?……って、もしかして……」 今日はクリスマスイブ。 時間は深夜、ツリーの前に来ている一組のカップル。 さっき自分が口にした、本来そうしたかったという願い。 そして、提案したせつなの顔に浮かぶ、照れを意味する赤の色。 ラブは、その約束が何なのかを理解した。 「うん、いいよ。約束、しようよ」 ラブの答えに嬉しそうに微笑むせつな。 そして二人は、改めて向き合う。 「ねえ、せつな……あたし達、今日、何回キスしたっけ」 「えっと……四回、かな?」 「わ、そんなにしてたんだ。 あたし達、ついさっきようやく初めてのキスをしたばかりだってのにね。 それなのにまたしようとしてるなんて……なんか、信じられないよ」 「そうかな?私はそうは思わないけど」 「え?なんで?」 首を傾げるラブに、せつなは笑みで答える。 一番大切な人の為に、愛情を込めた笑みで。 「だって私達……もう恋人同士でしょ? だったら、キスくらい当然だもの」 「あ……」 言われたラブが、一瞬驚きに目を見開いた表情で固まる。 やがてその頬が、徐々に朱に染まっていく中で、その目から零れ落ちるもの。 それは今日、彼女が始めて流す涙。 「あ、やだ、あたし、今頃になって……」 自分の感情に戸惑いながらも、 零れ落ちる滴を手の平で受け止めて見つめていたラブだったが、 やがて、その両腕を体の前で組み、自分自身を抱くようにすると 喜びを帯びた声でゆっくりと口を開く。 「そっか……そうだよね、あたし達、恋人になったんだもんね。 嬉しい……あたしすごく嬉しいよ、せつな……」 友達でも、親友でもない、相思の関係を指す言葉。 それを他の誰でもない、そうなりたいと願っていた相手に、 ―せつなに、言って貰えるなんて― その喜びが胸に収まりきれず、目元から溢れる滴となる。 「ゴメンせつな……キス、もうちょっと待って。 あたし今、ちょっと、気持ちが……落ち着かなくて……」 目の前の少女に謝りつつ、目元の涙を両手で拭い、 一刻も早くこの気持ちを解決しようとするラブ。 そこに伸ばされる、手。 「わ……せつな……?」 ラブがそれを認識した時には、既にせつなに抱きしめられていた。 「いいわよ、しばらくこうしていても……私、待ってるから」 「……うん、ありがとう」 せつなの言葉と、愛情に満ちた瞳と、温もり。 それらに包まれていることを感じながら、ラブは目を閉じて、その身を預けるのだった。 「せつな……ありがとう。あたし、もう大丈夫」 それからしばらくして。 身を起こしたラブがせつなにそう告げる。 その目には涙はもう無く、いつもの元気と自信に満ちたラブの顔がそこにあった。 「うん……どういたしまして」 頷くせつなも、いつものラブがそこにいることを嬉しく思い、笑みで答える。 「それにしても……なんか、悔しい」 「どして?」 「だってさ、さっきはせつなが泣いてるのをあたしが受け止めてあげたでしょ。 それでカッコいいトコをせつなにいっぱいアピール出来たな~って思ってたんだよ? それが、今度はあたしの方が泣いちゃうなんて……」 「何かと思ったら……そんなことで」 クスクスと笑うせつな。 それに対して、ラブは頬を膨らませて抗議する。 「そ、そんなことって、あたしにとっては大事な事なんだよ! あたしはいつだってせつなの前ではカッコいいラブさんでありたいって……」 「ダメよ」 途中まで言いかけたラブの言葉は、その唇に添えられたせつなの人差し指によって止められた。 「ダメ、そんなの。私は普段のラブも、笑ってるラブも、キュアピーチの時の勇ましいラブも 全部含めてラブの事が好き。……勿論、泣いているラブもね。 だから、私には全てのラブを見せて欲しいって……」 「ヤダ」 今度はせつなの途中まで言いかけた言葉が、ラブによって止められる。 「そんなのヤダ。あたし、せつなの前ではカッコいいままでいたいもん。 だ・か・ら、絶対に、ぜーったいにもう泣いてるとこなんて見せないんだから!」 「そんなのズルイ。今日だって私の方が泣きっぱなしだったのに」 「それはいいの。せつながあたしの胸の中で泣いてくれればあたしは幸せゲットだよ!」 「何よそれ……わかったわ、それなら私、絶対にラブの泣いてるとこをゲットしてみせるわ!」 「ぜーったいに見せないよ!」 「絶対に見てみせるわ!」 「見せない!」 「見てみせる!」 「むむむ……」 「う~」 唸りながら睨みあうラブとせつな。 だがやがて、視線に込める力を緩ませると、お互いに呆れた顔を作る。 「あはは……何してんだろうね。あたし達」 「そうね……また良いムードが台無し」 言葉と共に溜息が一つと一つ、同時に口から漏れる。 「なんかあたし達、今までとあんまり変わって無くない?」 「……うん、そうね。多分私達、今までいた場所から ようやく一歩を踏み出したところ、くらいなのよ」 「一歩かあ……そうだね、やっと一歩、だよね」 せつなの言葉に頷くラブ。 告白をした、キスもした。恋人だとはっきり宣言もした。 今日一日でいろいろなことがあった。 だからと言って二人の関係が急激に変わるわけでも無い。 心と心、本音と本音をぶつけ合える大切な友達、 その関係からようやく踏み出したばかりなのだから。 「じゃあさ、約束が守られる頃には、あたし達、どうなってるのかな?」 「それはわからないわ。でも……ゆっくりでもいいから一歩ずつ進んで行けば、 きっと今よりもっと素敵な関係になってるんじゃないかしら」 「それって勿論二人で、だよね?」 「当然よ。そうでなければ意味がないわ」 笑みを浮かべ、言葉に力を込めてせつなが答える。 それに対してラブも、笑みで返す。 互いの想いが一つであることを確認しあうかのように。 「じゃあこれで、約束だね」 「うん、約束……また来年、ここで」 そして改めて二人は向きあうと、対の位置にある手を重ね合わせる。 ラブの右手は、せつなの左手に。 せつなの右手は、ラブの左手に。 腕を曲げ、互いに握り締めた手を胸元まで上げることで近づく顔。 「せつな……」 「ラブ……」 互いの名前を呼び合い、目を閉じる。 約束しよう。 必ず帰って来る。 そしたら、笑って、泣いて、時にはケンカをして、仲直りもして、そんな時間を いっぱいの時間を二人で過ごそう。 そうすれば、私達はお互いのことをもっともっと好きになるから。 そして来年、またここに来た時に約束の続きをしよう。 今のこの約束のキスよりも、もっと愛ある幸せの証のキスを。 そして恋人達は、クリスマスツリーに見守られながら 未来への約束を込めたキスを交わすのだった。 <終わり>
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/482.html
「せつな……」 ベッドに横たわった少女の手を掴みながら、ラブは名前を呼び掛ける。 一体、何度、繰り返し呼んでいただろう。それでも、彼女は眼を覚ます気配すらない。 時折、彼女は、うめき声をあげる。 悪夢に捕らわれている、とノーザは言っていた。せつなが一番、恐れていることが夢の中で起きているとも。 それが何かは、わからない。ただ、こうして彼女が苦しんでいるのを見るだけで、胸が張り裂けそうになる。 あれから、すぐにノーザはソレワターセを引き連れて去って行った。後に残されたのは、絶望に暮れる三人の少女 と、意識を失った 一人だけ。 部屋に連れ帰るまでの間も、抱きかかえるピーチの腕の中、力なく眠り続ける彼女は、苦しそうに顔をしかめ続けて いた。 そしてそれは、今も同じ。繋いだ手、だが何の反応も返ってこない。ただ、震えるばかり。 「う……うぅ……」 「せつな……」 玉のように浮かんだ汗を、美希がそっと拭う。心配そうに覗き込むシフォンを、祈里がそっと抱き締めて。 「パッションはん……一体、どんな夢、見てはるんやろう……」 か細いタルトの言葉に、答えを返せる者は誰もいない。 何も出来ぬまま、時間だけが過ぎていく。 やがて窓の外の空が紅く染まる。 言い渡された期限まで、後一日。 それまでに答えを出さなければならない。 インフィニティを渡せと、ノーザは言った。 つまりそれは、選べということ。 せつなと、シフォン。 どちらを、守るのかを。 失いし もの ――――Just lose it―――― 人が一人いなくなっても、世界は止まりはしない。回り続ける。 誰も、特別ではない。 だから、ラブを失っても世界に朝は来るし、日常は動き出す。 そう。時間は巻き戻らない。止まりもしない。過ぎゆくばかり。現在という一瞬は、常に過去へと変わっていく。 取り戻すことの出来ない、過去へと。 それでも、せつなは願うのだ。 やり直したい。ラブを助ける為に、やり直したい。 時間よ、止まれ。私の身を、凍らせて。 悔恨と罪の意識に、少女の心は引き裂かれる。 学校には、行っていない。休みを取っている。行きたくない、と言った時、圭太郎は少し複雑そうな顔をしたが、結局、 彼女の願いを受け入れた。 その圭太郎は、会社に復帰した。夜遅くに帰ってきた気配を感じることがある。前なら、そんな時、お帰りなさいと出 迎えに行った。 けれど、今は。 あゆみは、まだ、立ち直っていない。毎日をぼんやりと過ごしている。パートも、ずっと休んだままだ。家事も、また。 何もしない彼女。その背中を、見ていられなくて――――せつなは、目をそらす。だから、部屋にこもってしまう。 タルトとシフォンの声もしない。 静寂が怖いと思うのに、音楽をかけることは出来ない。 それがとても、悪いことのように思えたから。 彼女は――――ラブはもう、音楽を聴くことも、踊ることも出来ないのだから。 リンクルンには、相変わらず、友人達のメールや電話が入ってくる。電話には出れないが、メールには全部、目を 通していた。 その中には、ミユキからのメールもあった。由美からのメールもあった。クラスメイトの大半が、彼女にメールを送っ てくれていた。 大丈夫? 元気を出して。 異口同音に伝えられる、皆からの気持ち。想い。 けれどそのどれも、せつなの心に届かない。 動かせない。 だから、返事は出さない。 ベッドの上で、寝返りを打つ。 意識が朦朧としていた。あれから何日が経ったのか、よくわからない。 一日? 二日? 一週間? もしかしたら、一カ月。毎日、印を付けていたカレンダーは、もう、捨ててしまった。彼女 が死んだその日を、思い出すことが苦しくて。 カチャ バタン 遠くから聞こえてきた、扉を開ける音。そして、閉める音。誰かが、家を出て行った。圭太郎、ではない。彼はまだ会 社にいるから。だとしたら――――この家に残っているのは、せつなと、もう一人だけ。 ゆっくりと体を起こし、せつなは階段を下りる。 リビングをこっそりと覗くと、あゆみの姿が消えていた。お気に入りの買い物籠が無くなっているから、多分、買い物 に出かけたのだろう。 せつなは、小さく目を伏せる。圭太郎に続いて、彼女もまた、日常に戻っていく。それが悪いことだとは思わない。け れども―――― 喉が乾いていたので、冷蔵庫を開けて、ジュースを取り出す。そして、棚に手を伸ばし、コップを出そうとして。 彼女は、見てしまう。 赤いハートと、ピンクのハートが描かれた、二つのコップが並んでいるのを。 嗚呼。まただ。 それは自動的に始まってしまう。 『はい、今日からこれがせつなのコップだよ。アタシと色違いのお揃いだよ!!』 『せつな、ハンバーグ、一緒に作ろ? すっごく美味しいのを作って、お父さんとお母さんをビックリさせちゃおうね!!』 『好き嫌いはダメだよ、せつな。ピーマンもしっかり食べないと――――って、せつな、アタシのお皿、ニンジンは少 な目にしてくれると嬉しいんだけどなぁ』 この、台所で。 交わした会話の、一つ一つが脳裏に浮かび上がる。 その時の、ラブの笑顔も。 優しい声も。 触れ合った肩から伝わってきたぬくもりも。 全部が、思い出される。 まるで、今も彼女がここにいるかのように。 『せつな』 声が聞こえた気がした。 振り向いた瞬間、ラブがいつものように笑っているように見えた。 けれど、それは幻想。 声も、笑顔も、瞬き一つの間に、かき消えてしまう。 「――――っ」 パタン、とせつなの手をすり抜けて、ジュースの紙パックが床に落ちた。 倒れて、その口からオレンジジュースがこぼれて広がる。だがせつなは、それを拾い上げようとはしなかった。 しゃがみこみ、顔を抑える彼女の口から溢れるのは、嗚咽。 ボロボロと涙がこぼれる。 「――――うっ――――っく」 せつなは、泣く。泣き続ける。 思うのは、ただ、ラブのことだけ。 思えば思うほど、記憶が蘇って。 楽しい筈の思い出が、もう、失われて戻ってこないことを、嫌というほど気付かされて。 せつなは、守りたかったのだ。 ラブを。美希を。祈里を。シフォンを。タルトを。 ノーザからの誘いがあった時、彼女達に相談しなかったのは、無傷で帰ることが出来ないと思ったから。 ラビリンス最高幹部・ノーザは強い。だから、その戦いに巻きこむわけにはいかないと、そう思ったから。 勝てるという自信は無かった。 けれど、命と引き換えにしても倒す、そう誓った。 それなのに。 せつなは、守りたかった。 あゆみを。圭太郎を。二人の幸せを。 ノーザの言葉に、あゆみを守れなかったかもしれないという事実を突き付けられて、心が凍りついた。 そして決意した。もう二度と彼女達に、ラビリンスを近づけさせはしない、と。 笑顔を失わせはしない、と。 それなのに。 守りたかったものは、全て壊れてしまった。 直すことも出来ないほどに、バラバラに砕けてしまった。 「――――うぅ――――ひっく」 深い、深い喪失感。 胸の奥、心臓に、ポッカリと大きな穴が開いてしまったような。それだけ大きな、そして大切なものを失ってしまった のだと思い知らされる。 泣き続ける、せつな。 思い出は、癒しにはならず。 ただ虚無だけが、今の彼女に寄り添っていた。 「せっちゃん――――大丈夫?」 扉を開けて覗き込んできたあゆみに問いかけられたラブは、疲れ切った顔で首を横に振る。 せつなは、あれから一度も、目覚めない。眠り続けている。 ラブは片時も彼女の傍を離れず、じっとその手を繋いでいる。一日中、彼女はこうしていた。時間は、もう、深夜と いっていい時間。せつなが心配だと家に来た美希と祈里も、 「やっぱり、今からでも病院に連れていった方が……」 「…………」 ブンブンと、ラブは首を横に振りながら、ギュっとせつなの手を握って離さない。 「ラブ。気持ちはわかるけれど、せっちゃんのことが本当に心配なら、ちゃんと診てもらった方が……」 「ごめん、お母さん――――明日の、夕方まで待って」 あゆみの言葉を、ラブは遮った。せつなの手を掴んだまま、こちらを見てくる娘の瞳に、あゆみは言葉を失う。 ひどく、深い悲しみ。たった一日のことなのに、憔悴しきったかのように、目の下に隈を作って。 それでも。 彼女の瞳の奥には、強い光があった。 思い詰めたようにも見えはした。何かを隠しているということもわかった。 それでも――――ラブが、せつなを信じていることがわかった。 「あたしからも、お願いします」 「せっちゃんのこと、わたし達に任せて下さい」 部屋の中で、同じように心配そうにしていた美希と祈里が、ラブに追随するように頭を下げる。彼女達はラブの幼馴 染だから、昔から知っている。とてもいい子達だということも。 あゆみは、迷う。常識と良心に従うなら、せつなは病院に連れていくべきなのだ。 だが…… 「お願い。お母さん」 「お願いします」 「お願いします」 誰よりも彼女のことを心配しているのは、ラブ達だということが、あゆみにもわかっている。その彼女達が―――― 常識と良心をしっかりと持つ娘達が、病院を拒絶しているということは、そこに深い理由があるのだろう。 「――――ふぅ」 ひとつ、息を吐いて、あゆみは三人の顔を見回す。 「本当に、信じてもいいのね?」 その言葉に、ラブが凛々しい顔で頷く。 「うん」 「そう。ならいいわ。貴方達を信じます――――ただし、明日の夕方になっても、せっちゃんが良くならなかったら、貴 方達がなんと言っても、病院に連れて行くわ。いいわね?」 首を縦に振る三人。それでも、せつなの苦しそうな顔を見て、あゆみは少し迷う。本当に、これが正しい選択なのだ ろうか、と。 「お母さん」 そんな彼女に、ラブが言った。 「ありがとう。せつなのこと、心配してくれて」 「そんなの」 当り前でしょ、とあゆみは続ける。 「だって、私の可愛い娘ですもの」 「――――うん、そうだね。せつなは、アタシ達の家族だもんね」 ギュッ、とせつなの手を握って言う娘の言葉と、彼女を見つめる気迫のこもった視線に、あゆみは覚悟を決めた。 娘を、とことん信じようと。 親であるのも大変ね。心の中で、小さく彼女はため息をつく。育てるというのは、正解の無い問題を、毎日解いてい るようなものだ。 だから、自分の選択が正しいかなんて、わからない。後悔することになるかもしれない。 それでも、この時のあゆみは。 ラブを、そして、ラブの親友達を、信じようと。 大切な娘を、彼女達に預けようと、そう思ったのだ。 「せつな……」 呼ぶ声は、少し、擦れている。ラブが彼女の名前を呼ぶのは、もう何百回目かわからない。あるいは、何千回か。 外はすでに、夜。星々が瞬く時間。それでも、ラブはせつなの傍を離れようとせず、彼女の名前を呼び続ける。 「せつな……」 「ラブ。代わるわ」 見かねて言ったのは、今日は泊ることにした美希だった。彼女の申し出を、しかし、ラブは首を横に振って断る。 その姿に、同じく泊ることにした祈里が、悲しそうな目になる。 「ラブちゃん。気持ちはわかるけれど……このままじゃ、ラブちゃんまで倒れちゃうよ」 「そうよ、ラブ。後はあたし達にまかせて、少し、休みなさい」 だがそれでも、彼女は手を放そうとはせず、せつな、と呼び掛ける。 「ラブ!!」 いい加減にしなさい、そう美希が言いかけた瞬間。 「だって……」 絶対に離さない、とばかりに強く握り締めながら、ラブは絞り出すように言った。 「だって――――せつなは、アタシをかばって――――アタシを――――」 悲哀を声という形にすれば、こうなるのだろうか。美希は、そして祈里は、言葉を失う。タルトとシフォンも、何も言え ないまま、彼女を見ていて。 「ねぇ、せつな――――起きてよ、せつな――――」 ラブは、呼び掛ける。 「嫌な夢なんでしょう? だったら、起きてよ、せつな。楽しいことがいっぱい、待ってるんだよ。一緒に幸せ、ゲットし ようよ――――辛いこともあるかもしれないけれど、一緒に乗り越えられるんだよ。だから――――だから、目を覚ま してよ、せつな――――!!」 涙が。ラブの流す、涙が。 せつなの手に零れ落ちる。弾ける。 彼女の、必死の呼び掛けは。 しかし、せつなに届かない。 目を、覚まさない。 「――――っ!!」 せつなの手に額を当てて、ラブは肩を震わせる。 せつな。せつな。せつな。 強く願う。彼女が戻ってくることを。 届かないなら、もっと強く。もっともっと強く。 強く―――― 「皆さん、お困りのようでんな」 不意に、部屋の中に響いた声に、ラブは顔を上げる。美希と祈里に視線を向けると、驚きの表情を浮かべながら、 扉の方を見て目を丸くしていた。 つられて、彼女がそちらに顔を回せば、そこには白髪に長い髭、短い手足に嘴を持つ、一見、ぬいぐるみのような姿 の存在があった。 それは、ラブ達もよく知っている者。けれど、ここに現れるとは、思ってもいなかった者。 彼は、おほん、と一つ咳払いをすると、その知性溢れる瞳で少女達を見回す。 「お久しぶりやね、マドモアゼル」 『――――長老!?』 7-668へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/991.html
【5月11日】 『不器用な優しさ』 せつな「駄菓子屋のおばあさんに、水飴をおまけしてもらっちゃった」 美希 「あ~、あそこのおばあさん、ちょっと怖いのよね」 ラブ 「そうだね。でも、ほんとはすっごく優しいよ」 せつな「私も始めは苦手だったの。今は大好きよ」 美希 「どうして、優しくするのに愛想良くしないのかしら?」 ラブ 「照れ隠しなのかな?」 祈里 「小さな子を相手にすることが多いから、躾も考えてるのかも」 せつな「子供が好きで優しくしたいけど、甘やかすといけないから口調は厳しいのね」 【5月12日】 『それぞれの風景』 ラブ 「今日は学校で写生大会なんだ。あたし、絵を描くのも大好き!」 由美 「好きこそものの上手なれって言うけど、ラブには当てはまらないみたいね」 ラブ 「あ~ひどい! 由美のだって変わんないじゃん!」 由美 「東さんのは、すっごく上手。精密で、綺麗で……」 せつな「私は、ラブや由美のような温かい絵の方がずっと魅力があると思うわ」 由美 「ないないない! 謙遜がすぎるって!」 せつな「写真を撮らずに絵に描くのは、どう感じてるかを他人に伝えるためよね?」 ラブ 「そっか、そんなこと考えてもみなかったよ」 せつな「だから、写すことしかできない私には、あなたたちがうらやましい」 由美 「あたしは東さんの絵が好きよ。こんなに丁寧に描けるのは、この景色を好きだからだと思うもの」 【5月13日】 『珠のように可愛い赤ちゃんでした』 カオルちゃん「おじさん、赤ちゃんの頃は天使みたいって言われてたんだぜ」 タルト「カオルはん、大抵の赤ちゃんは天使みたいやと思うんやけど……」 カオルちゃん「そうとも言うね。まあ、おじさんの場合、今は神様みたいだけど。ぐはっ」 タルト「どうでもええけど、カオルはんの赤ちゃんの頃ってなんや想像できへんな」 【5月14日】 『春の柔らかい日差しの中で』 ウエスター「晴れてる時は、芝生に寝転ぶと気持ちいいぞー!」 サウラー 「なるほど、悪くないね」 ウエスター「良い匂いがするだろう?」 サウラー 「まあ、草と土の匂いはするね」 ウエスター「青空が綺麗だろう?」 サウラー 「晴れているからね」 ウエスター「少しは感動したらどうなんだ!」 サウラー 「してるよ」 ウエスター「そうか」 【5月15日】 『強敵と書いて友と読む』 美希 「今日は4人でテニス対決よ! 負けないわよ!」 せつな「テニスなら学校の授業でやったことあるわ。負けないわよ!」 美希 「アタシ完璧……に負けたわ……」 せつな「まだ1ゲームだけでしょ。もう降参?」 美希 「言ったわね! まだまだこれからよ!」 祈里 「せつなちゃんも凄いけど……」 ラブ 「うん、美希たんって、こんなに上手かったんだ」 祈里 「わたしたち相手じゃ本気出せなかったのね。二人とも楽しそう」 ラブ 「ライバルゲットだね! どっちも負けるな~」 【5月16日】 『ランニングは元気なしるし!』 キュアピーチ「ピンクのハートは愛ある印! もぎたて・フレッシュ・キュアピーチ!!」 美希 「ラブの変身モーションってマラソンなのよね」 祈里 「ラブちゃんて、いつも走ってるイメージあるよね」 せつな「主に何かに追われていたり、遅刻しそうだったりね……」 ラブ 「そうそう、その割には体力ないのよね~……って何言わせるのよ!」 【5月17日】 『苦手じゃないもん。その2』 祈里 「うちのお母さんは、料理がとっても得意なのよ」 ラブ 「あたしたちのおかあさんも得意なんだよね」 せつな「だからラブも料理が得意なのね。ブッキーもそうなの?」 祈里 「うちのお母さんは、とっても得意なのよ」 せつな「……………………」 祈里 「……………………」 【5月18日】 『ドーナツの穴は、火を通すためだそうだね』 サウラー「ん~~、ドーナツって食べだしたら止まらないね」 タルト 「せやろ~、やみつきになるで、ホンマ」 カオルちゃん「1つ食べればパラダイス、100個食べれば天国へ~!って食えねぇか」 ラブ 「で、あたしたちの分まで食べちゃったと?」 タルト 「すんません、つい……」 せつな 「100個食べれば天国に行けるのよね。いっそ食べさせてみましょう」 ラブ 「うん、たくさん食べたらドーナツみたいにおへその穴が開くかもね」 タルト 「ぎゃあぁぁ~~かんにんや~」 【5月19日】 『雲のように風に乗って』 ラブ 「空にでっかい気球を見たの! あたしも乗ってみたいなぁ~!」 せつな「もっと速い飛行機があるのに、気球に憧れるの?」 ラブ 「うん、気ままに、雲のようにのんびりと空を旅したいな」 せつな「大きな風船には、たくさんの夢がつまっているのね」 【5月20日】 『吹き荒れよ! 幸せの嵐!』 せつな「今日、お散歩の途中で四つ葉のクローバーを見つけたわ」 ラブ 「せつなって四つ葉と縁があるよね。みんなで見に行こう!」 せつな「ほら、ここよ。たくさんあるでしょ」 美希 「すごい! 四つ葉の発生率は十万分の一とか聞いたことあるのに」 祈里 「これはね、カタバミ科のオキザリスよ。ほら、花が違うでしょ?」 せつな「クローバーじゃなかったのね……」 美希 「そんなにがっかりしなくても、これも綺麗じゃない」 せつな「これだけあったら、みんなが幸せになれると思ったの」 祈里 「大丈夫、オキザリスも幸せを運ぶ花と言われてるのよ」 ラブ 「そうだっ! シフォンのおみやげに、花の首飾り作ってあげようよ」 せ美祈『賛成!』 新-003へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/118.html
2009/08/25(火) 00 44 11 投下◆ZU7CldKWo2 「ねぇ、せつな」 「なぁに、ラブ?」 「アタシ達、ずっとずっと、一緒だよね」 「もちろん」 そして少女達は夜空の下で、小指を絡めた。 Moon Child せつな、って言葉を辞書で引いてみた。 極めて短い時間。一瞬のこと。 そう、書いてあった。 知った時、不安になった。知らなきゃ良かったって、思った。 その言葉を名前に抱く、女の子を知っていたから。 ねぇ、せつな。 いつからかな。せつな、よく笑うようになったね。 皆と一緒にいて。お父さんお母さんと一緒にいて。 アタシといて。 昔の、イースだった頃とは大違い!! なんて言ったら怒るかな? それとも悲しむ? でもそう言っても、笑ってくれそうなぐらい、せつなはよく、笑うようになった。 アタシ、せつなの笑顔が好きだよ。 見てて、とっても幸せになる。 もっと見たくて、バカなことをしちゃうぐらいに。 今日も、いっぱい笑ってたね。 アタシがテレビに出てた芸人さんの顔真似をして見せたら、転げまわって笑ってた。 嬉しくって、何度も何度も繰り返しちゃった!! って、今思うと、ちょっと女の子捨ててたかも......タハハー。 ホント、嘘みたい。 ほんの少し前まで、人前で笑うのは苦手だ、なんて言ってたことが。 今はダンスのレッスンでも、きっと一番、綺麗な笑顔をしてるよ。 でもね。 でも。 せつな、笑ってるのに。 なんだかとても、泣きそうな顔に見える時があるんだよ? どうしてかな。どうしてそう思うのかな。 せつなはいつもみたいに笑ってるのに、どうしてそんな風に見えるのかな。 そんな時、せつながとても――――遠い人に、思える。 ねぇ、せつな。 笑って? もっと、もっと笑って? アタシの不安を吹き飛ばすぐらいに、思いっきりの笑顔を見せて? そんなアタシの思いに、せつなは、やっぱり笑ってくれる。 心からの、笑顔だと思うよ。嘘は感じない。いつだって、どこだって。 弾けるような笑顔。幸せを呼ぶ笑顔。 なのに。 アタシの心は、寂しがってる。 時々、夜のベランダに出て、空を見上げてるよね。 遠い星を、眺めてるよね。 月の光を浴びてるよね。 その時のせつなは、とっても綺麗。 同じ女の子のアタシが、ドキッてしてしまうぐらいに、綺麗。 けどそれは、どこか儚い――――儚いって言葉、こう書くんだよね? 人に夢と書いて、儚い。 月を見ている時のせつなは、やっぱり笑顔。 けれどそんなせつなを見ていると、胸がキュンって苦しくなる。 子供の頃に読んだ絵本を思い出してしまうから。 かぐや姫。 いつか月に帰る、お姫様の物語。 せつなは。 どこにも行かないよね。 せつなの家は、ここだよ。 この家が、この部屋が、せつなの帰ってくる場所だよ。 たとえいつか、どこか遠くに旅立ってしまうのだとしても、せつなの帰ってくる場所は、ここにある。 ねぇ、せつな。 アタシ、変なのかな? ずっとずっと、せつなと一緒にいたいって思うなんて、変なのかな? そういえば、中学に上がる時に、美希タンやブッキーと違う学校になっちゃって、すごく寂しかったんだ。 でも、今でも仲良し!! いつも一緒じゃないけれど、いつでも会える。 けどね、せつな。 せつなとは、離れたら、もう会えないような気がして。 そんなこと、あるはずないのにね。 大人になって、二人とも、この家を出ていくのかもしれない。 それでも、きっとアタシ達は友達で、家族で。 戻ってくる場所が一緒だから、また会える筈なんだよね。 もしもその時、まだせつながアカルンを持っていたなら、 ホントに、どれだけ離れてたとしても、すぐに会えるしね!! ――――わかってる。 それが、子供じみた考えだってことを。 そう。アタシはまだ、子供だ。中学二年になっても、半分も大人になりきれてない。 アタシ達はいつか、離れていく。 それぞれの道を、歩いていく。 毎日のように電話をして、メールをして、会ったとしても。 たとえ、同じ家に住んでいたとしても。 アタシ達の道は、離れていく。 ホントはね。 ずっと一緒の道を歩いていたいんだ。 いつまでもいつまでも、二人で笑っていたいんだ。 けれどきっと、それはダメなこと。 アタシ達は、やっぱり違う人間だから。 桃園ラブが一人しかいないように、東せつなも一人しかいない。 そして皆、人生は一度きり。 だから、それぞれの道を、歩いていかないと。 でも。でもね、せつな。 もしも、せつなと同じ道を歩けるなら。 アタシは、おじいちゃんにつけてもらったこの名前の意味を捨ててもいいかもしれない。 世界中の人にじゃなく。 せつなの為だけの、ラブになる。 ラブ。ねぇ、ラブ。 面と向かって言うことが出来ないから、心の中でこっそりと言うわね。 私に幸せをくれて、ありがとう。 私に、笑顔をくれてありがとう。 ダメね。やっぱり、恥ずかしい。 口に出してもいないのに、ね? Sun Child 私がこの家に来てから、どれぐらいの月日が流れたんだろう。 相変わらず、ラブは明るくて、輝いてる。 まるで、太陽みたい。 私の自慢の親友よ。 イースだった頃の私は、太陽を知らなかった。 こんなにも明るくて、優しくて、あったかいものだったなんて。 時々、暑っ苦しかったり、うんざりした気分になることもあるけどね。 あ、これはラブのことじゃないわよ? 私ね。本当に、感謝してるの。 東せつなとして生まれ変われたのも、こうしてお父さんお母さんと一緒に暮らしているのも、ラブと毎日一緒に学校に行くのも。 何もかもが楽しくて、仕方ないの。 ラブは私の一番の友達。家族。時々、手のかかる妹。時々、頼りになるお姉さん。 最後のは、本当に時々だけどね? 私ね、ラブと出会って、何が一番素敵だったかって、笑えるようになったことだと思うの。 生まれ変わってから、私はたくさん笑った。それまでの、ラビリンスで過ごしていた頃とは比べ物にならない程、いっぱい笑ってる。 お父さんのつまらない冗談に。お母さんのお茶目に。ラブのおっちょこちょいに。 箸が転んでもおかしい年頃、という言葉があるらしいけれど、私にはそれがピッタリ!! 本当に、毎日毎日が楽しくて仕方ないの。 そう!! 私、幸せよ!! 今なら、わかる。 私が、幸せのプリキュア、キュアパッションに選ばれたのも。 だって私、こんなにも幸せなんですもの!! 幸せの嵐を吹き荒れさせることなんて、お茶の子さいさいよ!! そしてこの幸せをくれたのは、ラブ、あなたよ。 本当に、本当にありがとう。 幸せをありがとう。 優しさをありがとう。 側にいてくれて、ありがとう。 だから、ね。ラブ。 いつか。 いつか、私は。 ラブとお別れしなきゃいけないと思うの。 幸せになっちゃいけない気がする。そんなことは、もう言わない。 だって、私は幸せになったから。 私の幸せが、ラブやお父さん、お母さんを幸せにしているのを見ていたから。 皆の幸せの為に、私も幸せになる。そう、決めてる。 でもね。 だからこそ、ラブ。 ラブには私だけを見ていて欲しくないの。 私は十分に幸せになったわ。もう両手に抱えきれないぐらい!! 一生分、幸せになったかな。 まだまだ足りない、なんていったら、バチがあたっちゃうかしら? けど、もっともっと幸せになりたいわ。 でもその幸せは、自分で見つける。 ラブには、もっとたくさんの人を幸せにして欲しい。きっとその力が、ラブにはあるから。 いつか、ラブから聞いたわよね。 ラブって名前は、おじいちゃんがつけてくれた名前だって。 世界中に愛を届ける、そんな人になるようにって。 そのことを話してくれた時のラブ、とっても輝いてたわ。 だからね、ラブ。 私を――――イースという敵だった私を幸せにしてくれた貴方なら。 もっともっとたくさんの人に、幸せをわけてあげられると思うの。 それこそ、世界中の人に!! ブッキーみたいにいうなら。 私、信じてる。 ――――もちろん、本当は寂しい。 ラブと、ずっと一緒にいたい。 ラブと、いつまでも暮らしていたい。 でもきっとそれは、よくないこと。 私が幸せのプリキュアなら、ラブは愛を司るプリキュア。 たくさんの人に愛を届ける。その邪魔をしたくない。 貴方がその背中に翼を持っているのに、私が重すぎて飛び立てないなんて。 そんなことには、なりたくない。 ねぇ、ラブ。 私の心は、宙にふわふわ浮いていたの。 それを捕まえてくれたのが、ラブ。 ギュウって抱きしめて、地面に足を付けさせてくれたこと、忘れない。 嬉しかったの。 風に流されるままだった私が、歩けるようになって。 自分の足で。自分の足で。どこへでも行けるんですもの――――!! ラブ。 私、ラブのこと好きよ? だからラブ。 私、見ていたいの。 ラブが周りの人たちを幸せにしながら歩いていくのを。 私、見ていて欲しいの。 東せつなはもう、自分の足で歩けるってことを。 やぁね。 せっかくカッコつけてたつもりなのに。涙が出てきちゃった。 今日、明日ってわけじゃないのにね。 いつか、って言葉だけ。 でもそれはきっと、必ず来る日、なのよね。 ねぇ、ラブ。何度も言うけど。 私、とっても幸せよ。 もちろん、ホントはね。 ずっとラブと一緒にいれることが、一番の幸せ。 でもそうしたら、私、笑えなくなるかもしれない。 ラブを引き止めた自分のことが、嫌いになっちゃうかもしれない。 ああ。ホントに。 私、どうしたらいいのかしらね? ただ一つ、わかるのは。 やっぱり私は、ラブのことが好きってことだけ。 輝いている、太陽の子供のような、その笑顔が。 好き。 「ねぇ、せつな」 「なぁに、ラブ?」 「アタシ達、ずっとずっと、一緒だよね」 「もちろん」 そして少女達は夜空の下で、小指を絡めた。 天に月は無く、星も無く。 道しるべのない想いは、風に乗って。 空に、溶けていったのだった。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1164.html
ラブ 「今日は、学校の課外活動で写生大会があるんだよ」 せつな「どこに向かって話してるのよ、ラブ。もう、みんな始めてるわよ?」 ラブ 「すご~い! せつなは紅葉を描いてるんだ。上手だし、色合いがとっても綺麗!」 せつな「どうせなら、季節を感じられるものがいいと思って。ラブは相変わらずね、鳥ってことしかわからないわ……」 ラブ 「うん、あそこの木の枝に止ってるでしょ? 小さくて可愛い野鳥さん」 せつな「あれはノビタキよ。渡り鳥の一種で、秋になると姿を見せるんですって」 ラブ 「ブッキーの知識だね。ブッキーは裁縫だけじゃなくて、絵だって得意なんだよ」 せつな「前に、犬のしつけ方ノートでイラスト見たから知ってるわ。手先が器用なのね」 ラブ 「うん。どういうわけか、お料理だけは苦手みたいなんだけどね。不思議だよね」 せつな「絵が苦手なのに、オムライスにケチャップで似顔絵描けるラブだって、人のこと言えないくらいに不思議だと思うわ……」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/605.html
イエローハートの証明 ( 第2話:四つ葉町に残りしもの ) ラビリンス歴××××年。 総統メビウス――長きにわたり人々を管理し続けてきた、国家管理用のメインコンピュータ・メビウスが、自爆という思いがけない最期を迎えた。 人々は自我を取り戻し、命令通りに何不自由なく生きる真っ平らな人生よりも、自分で考え、自分で行動し、自分で確かめる人生を選択する。 そのために、ラビリンスには長らく存在していなかった「政府」というものが、異世界の仕組みを参考にして、急遽作られた。 自分の人生を自分で決めると言っても、社会生活においては、一人一人が自分勝手に決められないことが実に数多い。そのため、今までのようにただ管理されるためではなく、人々がそれぞれの人生を生きるための、社会のルールが、仕組みが、組織が必要になったのだ。 ほどなくして、三人の人物が、異世界からラビリンスに帰還した。 二人の青年と、一人の少女。ラビリンス四大幹部と崇められてきたうちの三人だが、その実態は、メビウスが全パラレルワールド制圧のために、異世界に送り込んだ尖兵たち。そして、にも関わらず、ラビリンスの解放に多大な貢献をした若者たちでもあった。 中でも紅一点である少女が、ラビリンスをメビウスから解放した立役者・プリキュアの一人であったことから、一時は歓迎ムードが盛り上がった。が、彼女がもうプリキュアにはなれないと知って、人々は落胆し、その盛り上がりは急速に冷めていった。 ラビリンスのために何か役に立ちたいという彼らに、新政府のメンバーたちは逡巡した。 彼らも自分たちと同じ、メビウスの命に従っていただけだということは、頭ではよく分かっている。しかし、彼らは管理する側の――メビウスの側の人間だったではないかという思いも、心の中にある。 多くのラビリンス人が初めて体験する、理屈と感情とのせめぎ合い。そんな中、三人は周りの理解も協力も待つことなく、一人一人それぞれのやり方で、ラビリンスのために動き始めた。そして、そんな彼らの言動を目の当たりにして、人々の彼らに対する思いも、少しずつ変わっていった。 メビウス崩壊から、四か月。人々の日常が、曲がりなりにもようやく落ち着きを見せ始めた頃、元・三幹部の彼らもまた、彼らなりに、新生・ラビリンスに溶け込みつつあるように見えた。 イエローハートの証明 ( 第2話:四つ葉町に残りしもの ) 「じゃあ、焼けたら火を止めて、お皿に盛り付けて下さい。余ったソースはこうやって、上からかけるといいですよ。」 そう言いながら、少女が鮮やかな手つきで盛り付けの手本を見せる。ラビリンス人らしい色白の頬と、穏やかな光を放つ赤茶色の瞳を持つ少女。だが、頭を覆う三角巾の裾から覗くのは、ラビリンス人のものではない、漆黒の髪の毛だ。 少女の手元を見つめる十人ほどの男女も、全員が三角巾で髪を包み、緊張の面持ちでフライ返しを握っていた。それぞれフライパンを覗き込み、慎重にすくい上げて皿の上に盛り付けたのは、こんがりと美味しそうに焼けたハンバーグだ。 人々の間から、盛り付けが終わってホッとしたような笑顔がこぼれる。その様子を、少女――せつなは微笑みながら見守った。 ラビリンス全土に幾つもある、食材貯蔵庫 兼 給食センターのひとつ。せつなは、ここの所長の頼みを受けて、今日初めて、ラビリンスで料理を教えていた。 メビウス管理下のラビリンスでは、食事は全て機械で作られたものが配給され、人々はそれを、決められた時間に決められた場所で摂取するだけだった。つまり、料理をするという習慣が、ラビリンスには存在しなかった。 だから今でも人々の食事は、基本的に給食センターにある機械で作られ、配給されている。もっとも、今では食事の味は飛躍的に改善されていたし、メニューも幾つかある中から選べるように、少しずつ変わりつつはあるのだが、食事は全て給食であるという事実は、以前と変わりがなかった。 『今まで義務だとしか思っていなかった食事という行為が、喜びや幸せに繋がるのなら――そして、それを作る「料理」という行為が幸せを生むのなら、是非、異世界で学んできたそれを、私たちにも教えてほしい。』 給食センターの所長を務める中年の女性がそう頼んできたとき、せつなは、自分がラビリンスのために何が出来るか模索していたところへ、一筋の光が射したような気がした。 料理を教えるには、今のラビリンスには無い家庭用の調理器具を、工場で作ってもらうところから始めなければならなかった。そしてやっと料理を教えられる段取りが整ったのだが、希望者を募ったところ、予想を遥かに超える申し込みがあり、とてもせつな一人では教えられない人数が集まってしまった。 そこで、給食センターで働いている人の中から、当日せつなの手助けをするメンバーを募ることにした。それぞれの調理台をまわって指導したり、うまくいかなくて困っている人にアドバイスしたりする役目だ。そして今日が、立候補してくれた彼らのための、事前実習だった。 「やっぱり、せつなさんのが形も焼き色も一番きれいね。私のは、少し焦げてしまいました。」 せつなの皿を覗き込んで、一人の若い女性が呟くように言う。 「僕のは端の方が少し割れちゃった。これじゃ美味しくないかなぁ。」 「私のは、何だか形がいびつになっちゃったわ。」 自分の皿を眺めて肩を落とす人々に向かって、せつなは穏やかにかぶりを振る。 「大丈夫、みんな上手に出来てるわ。成形や焼き方は、慣れれば上手になります。さぁ、冷めないうちに頂きましょう。こうやってみんなで作ったものを食べると、とっても美味しいし、とっても楽しいわ。」 真っ白なテーブルクロスが架けられた大きなテーブルを、全員で囲んで座る。一人一人の目の前に置かれているのは、全員で作ったスープとサラダ、それにニンジンとブロッコリーを付け合わせにしたハンバーグだ。 全員が一斉に同じ物を食べるのは、以前からラビリンスでは見慣れた光景だ。でも、あの頃とは明らかに、人々の様子が違う。 わずかばかり頬を紅潮させた人々の目には、自分で初めて作った料理への期待と不安が満ちている。それを嬉しく思いながら、せつなは「いただきます。」と手を合わせた。 全員がせつなに倣って手を合わせてから、料理をひと口、口に運ぶ。 「どう・・・ですか?」 そう恐る恐る声をかけるせつなに、さっきの若い女性が、笑顔で頷いた。 「美味しい・・・。とっても美味しいわ!ちょっと焦げたところも、何だか香ばしくって。」 「私のも、形は悪いけど、味は結構いいんじゃないかな。」 「僕のも。でも、やっぱり割れちゃったところは、少しパサパサしているみたいですね。」 皆が笑顔で、口々に感想を言い合う。せつなはそれを見届けてから、自分もハンバーグをひと口頬張った。 (良かった。ラブが教えてくれたのと、同じ味だわ。) じわりと胸の奥に広がる痛みと一緒に、ハンバーグのかけらを飲み込む。その時、一緒に実習を受けた所長が、せつなに話しかけてきた。 「ねぇ、せつなさん。ハンバーグって、形が良い方が均一に火が通って美味しく焼けるし、焦げていない方が美味しいんですよね?」 「ええ。」 せつなが生真面目に頷くのを見て、彼女は勢い込んで身を乗り出す。 「だったら、機械で作った方が美味しいはずだと思うんだけど。料理が美味しければその分だけ、みんな幸せになれるんでしょう?」 「確かに、美味しい料理は、人を幸せにします。でも、料理がくれる幸せって、それだけじゃないと思うんです。」 そう言って、せつなは食卓を囲む人々を見渡す。 「みんなでこうやって顔を合わせて、楽しくおしゃべりしながらご飯を食べること。それだけで、一人で黙って食べるのとは、美味しさが全然違うでしょう? それに、誰かのために料理を作ったり、誰かに料理を作ってもらったりすることも、大切な幸せですから。」 せつなの言葉を、真剣にメモを取って聞いていた人々が、何かまだしっくりと来ていない顔で、隣り同士、ぼそぼそと話を始める。 「誰かのために・・・か。じゃあ、やっぱり味より、「誰かのために作る」ってことが、大切だってこと?」 「いやぁ、でもだからって、マズいものを食べさせてもねぇ。ほら、昔の食事みたいに。」 「そうだな。あのときは、みんな一緒って言っても一人で食べてるみたいなもんだったけど、あの食事だったらみんなで食べても、きっと美味しくないよなぁ。」 「うん。だから、こんな美味しい料理を教わったら、それだけでみんな、幸せですよ。」 食卓のあちこちから聞こえる声を、せつなはもどかしく思いながら聞いていた。そうじゃない。伝えたいことは、そういうことじゃなくて・・・そう思った時、せつなの脳裏に、明るく楽しかった桃園家の食卓の風景が浮かんだ。 ――出来たぁ!ラブちゃん特製・激うまハンバーグ! キラキラと輝くラブの瞳。家族の料理をひと口食べただけで、感激していたお父さん。学校のこと、ダンスのことを優しく尋ねながら、時には厳しく娘たちの好き嫌いを注意していたお母さん・・・。 (あの食卓のあたたかさを、幸せを、私はいつか、この人たちに伝えることが出来るんだろうか・・・。) せつなは、胸の奥に再び湧き上った痛みをこらえて、もうひと口、ハンバーグを口に運んだ。 ☆ その夜、一人で暮らす小さな部屋に帰って来たせつなは、暗い部屋の奥に、かすかな光が見えているのに気付いた。 不審に思って灯りをつけずに部屋に入り、光の元を探る。淡く柔らかなその光は、どうやら部屋の隅に置かれた机の、一番上の引き出しの隙間から漏れているらしかった。 (ここに入っているのは・・・まさか!) 急いで引き出しを開け、その一番奥にあるものを確認する。 久しぶりに目にする、赤と黒で彩られた携帯電話。大切にしまい込まれていたリンクルンが、淡いピンク色の光を放って、せつなを待っていた。 震える手でそれを取り出し、画面を開く。 『メール・1件』 その差出人は、ラビリンスに帰って来ても片時も忘れたことのない、この世で一番大切な、親友の名前だった。 以前、異次元にある館でノーザに捕えられた時、リンクルンから三人の仲間の声が聞こえて、助けられたことを思い出す。 (そうだった・・・。リンクルンはもう変身アイテムじゃないけど、仲間たちとは、今も繋がっていられるのね。) 本文を開くのすらもどかしく、せつなはメールに目を走らせる。が、いくらも読まないうちに、その顔からは笑みが消え、表情は難しいものに変わった。 (どうしてナケワメーケが?ウエスターは、今はラビリンスに居るはずだし、そもそも今の彼がこんなことをするとは思えない。それに、黄色いハート型の光って、それは一体・・・?) ふと気になって、メールの送信日時を確認し、思わず溜息を付く。昨日の夕方。今から一日と六時間ほど前だ。異世界間通信のタイムロスというよりも、おそらく単純に、自分が昨日はリンクルンの光に気付かなかったのだろう。 きっとラブは、メールが届いたかどうか気が気ではなくて、昨日からずっと落着きなく、うろうろしているに違いない。 とりあえず、ちゃんと届いたことだけでも知らせようと、返信メールを打ちかけた時、せつなのもう一つの携帯――普段使っているラビリンス国内用の携帯電話が、着信を告げた。 発信元を見て、せつなの表情がさらに険しくなる。 電話を耳に当てながら、せつなは部屋が真っ暗だったことを思い出して、やっと灯りを点けた。 ☆ ラビリンスの首都の中心――ちょうどメビウスの城があった場所から少し離れたところにある、新政府の庁舎。その一室で、サウラーはコンピュータの画面を、じっと見つめていた。 その右手には、相変わらず角砂糖が山盛りになった紅茶のカップ。ラビリンスに帰還しても、この習慣は改まっていないらしい。 ここはサウラーの資料室兼研究室。もっとも、異世界のものも含む彼の蔵書は、とてもこの部屋では収まらず、会議室になるはずだった隣室までも、第二の資料室にしてしまっている。 彼はここで、その膨大な資料の中から、今のラビリンスに役立ちそうな情報を収集し、解析する仕事に力を入れていた。 サウラーの視線がすっとドアの方に流れたのと、コンコン、というノックの音が聞こえてきたのとが、ほぼ同時だった。 「どうぞ。開いているよ。」 声をかけると、自動ドアが音もなく開き、硬い表情のせつなが、部屋に入って来た。 「こんな時間に呼び出してすまない。久しぶりだな、せつな。元気だったかい?」 「ええ。あなたも元気そうね、サウラー。それにしても、あなたにそんな人並みの挨拶をされるなんて、ちょっと不思議ね。」 「からかわないでくれよ。」 二人の間の空気が、ほんの少し和む。が、それも一瞬。 「それで、まずはあなたが見つけたものを見せてくれる?」 せつなの言葉で、部屋の雰囲気は再びぴりりと引き締まった。 「これだよ。最初は何が映っているのか、まるで分からなくてね。ノイズ除去と解析に一日かかって、やっとここまでだ。」 サウラーが、今まで見ていた画面を指差す。そこに映っていたのは、紫色の箱のような体に細長い手足を持った、怪物の映像。不鮮明だが、その胴体には確かに黄色いダイヤが貼りついているのが見える。 「メビウスの崩壊で、管理されていた異世界は全て元に戻った。それはこの目で確かめたが、念のために、細かく確認しておきたくてね。 新政府から微量分析の専門家に依頼してもらい、異世界にラビリンスの超科学の痕跡が残っていないか、解析していたんだ。 そうしたら、四つ葉町に微かだが反応があった。あそこは僕たちが長く居た場所だから、何か残っているとしたら、一番確率が高い。ただ、あまりに微かな反応なので、それが何なのかまでは分からなかった。そのうちに急に反応が強くなって、こんな映像が捉えられたというわけだよ。」 サウラーが説明している間に、映像の中の怪物が両手を前に突き出し、弾丸のようなものを発射する。そして、もう一度発射しようとしたとき、その体が突然、大きな黄色いハート型の光に包まれ、消滅した。 「ラブのメールに書いてあった通りだわ。」 せつなが掠れた声で呟く。既に先程の電話でメールの内容を伝えられていたサウラーが、ああ、と頷いた。 「それで、ウエスターは?あの黄色いダイヤはウエスターのものによく似ているけど、まさか彼の仕業じゃないんでしょう?」 「無論だ、と言いたいところだが、彼がまだ捕まらないんだよ。おおかた、また携帯も見られないくらいバタバタしているんだろうがね。」 サウラーの言葉に、せつなは心配そうに眉根を寄せる。 ウエスターは今、ラビリンスに新たに作られた警察組織で、一個大隊を率いていた。 国民一人一人が自我に目覚めるということは、その自我が衝突する事態をも避けられないということだ。彼は、時と場所を選ばず発生する多くの諍いを鎮めるために、毎日あちらこちらを飛び回っていた。 「じゃあ、あの黄色いハート型の光のことは?何か分かったの?」 「残念ながら、それもまだだ。プリキュアの技にそっくりだが、まさかキュアパインの技ではないんだろう?」 「それは無いわ。ラブのメールには、ブッキーも一緒に居たって書いてあるし、そもそも彼女はもう変身は出来ないんだから。」 「そうだよな。」 そう言って、サウラーは紅茶を啜りながらじっと考え込む。やがて、彼はせつなの方を見ずに、画面を見つめたまま口を開いた。 「まぁウエスターの仕業かどうかは、彼と連絡が取れればはっきりするさ。むしろ危険なのは、彼の仕業じゃなかった場合だ。」 サウラーの言葉に、せつなが小さく頷く。 ラビリンスの超科学で作られた幹部専用のダイヤが、万が一、ラビリンスのあずかり知らぬところで暴走していたとしたら――考えただけで恐ろしい。 「もしかしたら、僕らは気付かないうちに、あの町にとんでもないものを残してきたのかもしれない。まさかとは思うが、もしそうなら・・・」 サウラーは呟くようにそう言いかけて、我に返ったようにせつなの方に向き直ると、いつもの淡々とした調子で言った。 「申し訳ないが、君は一足先に四つ葉町へ行ってくれないか。まだ少し気になるデータがあるから、僕はすぐにはここを離れられないんだ。ウエスターに連絡を付けたら、すぐに向かってもらう。それに、ラブたちが実際にナケワメーケを見たのなら、話が早い。彼女たちだって、君がそばに居た方が・・・」 「ちょっと待って。ラブたちを巻き込むつもり?彼女たちは、もうプリキュアじゃないのよ。それに、私だって。」 驚いて食ってかかるせつなに、サウラーは小さく肩をすくめる。 「別に巻き込むつもりはなかったが、彼女たちはもう、巻き込まれてしまっているんだろう?それに、ナケワメーケだけでなく、あのプリキュアの技にそっくりな光まで出現しているんだ。いくら変身できなくても、彼女たちが大人しく指をくわえて見ていると思うかい?」 「それは・・・。」 言いよどむせつなに、サウラーはなおも冷静に言葉を繋ぐ。 「早いうちに、あのダイヤについて――ナケワメーケの核の力についてよく分かっている人間が、四つ葉町に行った方がいい。こちらとはいつでも連絡が付けられるように、異空間通信機も渡しておく。だから、頼む。」 「わかったわ。」 ようやく頷いたせつなの肩を、サウラーはポンと叩いて、そんな自分に照れたように、さりげなく顔をそむけた。 ☆ 次の日の朝、せつなは給食センターの所長に、数日の休暇を願い出た。もしかしたら料理を教えるスケジュールも変更しなくてはならなくなるかもしれなかったが、所長は事情を聞いて、快く承諾してくれた。 「せつなさーん!」 異空間移動ゲートへ向かおうとセンターを出たところで、後ろから呼び止められた。振り向くと、昨日実習を受けていた若い女性が、小走りでやって来る。彼女はせつなに追いつくと、息を弾ませながら言った。 「昨日は、ありがとうございました! 実は私、せつなさんの話を聞いて、誰かのために料理を作る、っていうこと、早速やってみたくなっちゃって。 でも、家には料理を作れる器具なんて無いから、所長さんにお願いして、昨日のスープの残りを、少し分けてもらったの。」 彼女はそう言って、少し照れ臭そうに微笑んだ。 「家に帰ってから加温器で温めて、同じ居住区に住む子供たちに、食べてもらったの。みんな凄く喜んで、美味しい、って。それを見たら、私も嬉しくて。こんなに喜んでくれるんなら、もっと料理上手になって、美味しいものを作ろうって思って・・・。 その時ね。私、せつなさんが言ってたこと、少し分かったような気がしたの。美味しい料理は、人を幸せにする。それは、食べた人だけの幸せじゃないのね。」 昨日の子供たちの笑顔を思い出しているのか、時折嬉しそうに微笑みながら、ゆったりとした口調で語る彼女。その顔を見ながら、せつなの胸にしみじみと嬉しさが湧き上がる。 (あんな拙い私の言葉から、この人は、あたたかい幸せな時を作ってくれた・・・。) その時、何かがせつなの心に引っ掛かった。自分は何か、大きな間違いをしていたのではないか、というぼんやりとした思い。が、その正体が分からないうちに、彼女は笑顔で会釈をすると、またセンターへと引き返してしまった。 せつなは、ふっと小さく息を吐いて、再び歩き始めた。四つ葉町に帰って、またあの町の笑顔に触れ、桃園家の食卓を囲んだら、もしかしたら何かが見えるかもしれない。そんな気がした。 これはただの里帰りではないけれど、そうすることでラビリンスに何かを持ち帰ることが出来るなら、それはきっと、大切な仕事だろう。 せつなはそう思いながら、さっきよりも幾分弾んだ足取りで、異空間移動ゲートへと向かった。 ☆ 高速で後ろへと流れる光の回廊が、ふいに途切れる。ゲートが開くと、頬を撫でる五月の風が、真っ先にせつなを出迎えた。 思わず息を詰めて、異空間移動ゲートの外に出る。 そこは、クローバーの丘の上――せつなが四か月前、ラビリンスへと旅立った場所だった。 (帰って来たんだ・・・。) いや、今回はただの里帰りなどではない。四つ葉町に一大事が起こって、そのために帰って来たのだから――そう思うのに、心臓が苦しいくらいに、喜びに打ち震える。まるでのぼせたように頬が熱くなり、気を抜くと、辺りの景色がすぐに涙の向こうに霞んでしまう。 こんなにも、自分はこの場所に焦がれていたのかと、自分で自分に驚くほどの反応だった。 せつなは、パンパン、と自分の頬を叩くと、ぐっと拳を握って歩き出した。 今にも走り出しそうになるのを抑え、落ち着いて、ゆっくり、ゆっくり――と自分に言い聞かせながら。今走り出したら、とても自分を抑えられる自信など、無かったから。 あの日、あゆみに声をかけられた場所を通り過ぎ、初めて家族で食事をしたレストランの前を行き過ぎる。そして坂道を下ると、見えてくる、白地に緑色の「クローバータウン・ストリート」の文字。 その時。 「せ~つなぁぁぁ~!!」 夢の中で、何度も何度も聞いた声。四カ月の間、一番聞きたかった声が、夢でなく、現実に鼓膜を震わせる。 そして、通りの向こうから転がるように駆けてくる人物を見た時、せつなの中で、抑えていた何かが音を立てて弾けた。 「ラブ・・・ラブ~!!」 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら走ってくるラブに向かって、全速力で走り出す。 手を取り合い、抱き合うまでのほんの数秒が、まるで映画のスローモーションみたいに、何十倍にも何百倍にも感じられた。 「せつな・・・せつな・・・せつな・・・」 ラブが、せつなの体をギュッと抱きしめたまま、その肩に顔を埋めて、幼子のように震える。その髪を右手で優しく撫でながら、せつなは左手をそっとラブの背中に回して、その温もりを、全身で感じた。 「ちょっと、ラブ。みんなが見てるわよ。」 平静を装いながらも明らかに震えている声が、二人に近付く。顔を上げると、そこには涙に濡れた蒼い瞳があった。 「美希!!」 「お帰り、せつな!!」 美希が駆け寄って、ラブごと、せつなを抱きしめる。 彼女たちをよく知るクローバータウンの人々は、互いに笑みを交わしながら、ただ黙って、そんな彼女たちを見守っていた。 やがて、三人が顔を見合わせて、嬉しさを隠せないように、うふふ・・・と笑う。が、次の瞬間、せつなはキョロキョロと辺りを見回して、怪訝そうにラブと美希に問いかけた。 「あれ・・・ブッキーは?」 途端に二人が、心配そうに顔を見合わせる。 「ブッキー、今日は体の具合が悪いらしくって・・・。よっぽど酷いのか、リンクルンに電話しても、ちっとも出てくれないの。」 「尚子おばさんに伝言したんだけどな・・・。せつなが帰って来るって聞いたら、ブッキー、這ってでも来るはずなのに。」 ラブと美希の言葉に、せつなも顔を曇らせる。 「きっとせつなが帰ってきたこと、まだ知らないんだよ。あとでブッキーの家にお見舞いに行って、びっくりさせようよ!せつなの顔見たら、ブッキー、すぐに元気になるって。」 ラブが力強い声でそう言って、ニコリと笑う。それを見て、美希もせつなも、ええ、と頷いた。 この時、祈里に一体何が起こっていたのか――。 ラブも美希も、そしてせつなも、まだ知る由もなかった。 ~第2話・終~ ホンモノの、不幸の世界へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/949.html
「さっ、帰ろう。せつなっ!」 せつなはラブに手を引かれる。そして、圭太郎とあゆみに挟まれるようにして歩き出した。 全員と、おそるおそる顔を合わせる。その全てから返ってくる優しい微笑み。 せつなは安心してついていく。 これは夢なんじゃないかって疑いながら。 もしも夢なら、もう少しだけ覚めないでほしいと願いながら。 やがて一件の家の前に着く。優しい肌色の壁に、ピンクの屋根。赤い色のひさし。 手入れの行き届いた広めの庭。二階には植物を這わせてあるバルコニー。 決して大きくは無いけれど、温かみを感じさせる家だった。 「ここがあたしの家だよ、せつな」 「そして、今日から君の家でもある」 「ようこそ桃園家へ、せつなちゃん。ううん、せっちゃんね」 「えっ?」 それまで後ろを歩いていた圭太郎とあゆみが前に出る。 家の扉を開けて、せつなを迎え入れる。 そして、あゆみが満面の笑みでせっちゃんと呼んだ。せつなは意味がわからずキョトンとする。 「いいでしょ? だって、今日から家族になるんですもの」 「そうだな、家族だ。僕もせっちゃんと呼ぼう」 「だめかしら?」 不安そうな顔で、あゆみがせつなの様子をうかがう。 びっくりして、声が出せなかった。 せつなは住まいを与えてもらったつもりでいた。一緒に住むことを許してもらえる。そう思っていた。 家族として迎える? 自分に、家族ができる? 素性も知れないのに、どうして……。 たった一言が、せつなの心を激しく揺さぶる。大きすぎる愛情が、せつなの小さな体には収まりきらない。 笑顔すら作ることができなくて―――― ただ、大きく首を振った。 これじゃ駄目、これじゃ肯定か否定かすらわからない。ううん――――自分でもよくわかっていない。 何か言わなくちゃ。せつなは懸命に言葉を探すが、何も出てこない。 心は喜びに震える。理性は玄関から先に進むのを拒否する。ここは駄目だ。ここは温かすぎるって。 そんなせつなの手をラブが引いた。早く上がろうって。 つんのめるように、バランスを崩してせつなが家の中に上がりこむ。 転びそうになったせつなをあゆみが支えた。自然と抱き寄せるような格好になる。 上がってしまったことで、温もりを感じてしまったことで、せつなの最後の自制心が砕けてしまった。 必死に涙をこらえながら、たった一言だけ、やっとの思いで紡いだ。 「よろしくお願いします」 あゆみの――――腕の中で。 『翼をもがれた鳥(第十二話)――――帰るべき場所――――』 夜も遅い時間、もう起きている家庭は少ない。そんな中、居間とキッチンに煌々と照明が灯る。 決して大きくは無い部屋。木材をふんだんに使い、温かみのある色合いで整えられた生活空間。 ところどころに配置された観葉植物。 絨毯、カーテン、座布団、いくつもの装飾品。果ては食器に至るまで、工夫と遊び心に溢れていた。 各々が好きな形、好きな色合いで揃えてきたのだろう。 生活観のある温かい部屋。それは、せつなにとって初めて目にする世界だった。 決して美しくはない。なのに、どうしてだろう。 こんなにも――――心が惹かれるなんて。 こんなにも温かくて――――心が安らぐなんて。 「せっちゃん、もしかしてずっと食べてないの?」 「あ、はい……」 「そう、じゃあ急にしっかりした物を食べるのも良くないわね」 あゆみは冷蔵庫の中を思い出しながら思案する。 せつなは、その様子を不思議そうに見つめる。 あゆみ……おばさま。ラブの母親。病室で一回会ったらしい、それだけの関係。 怪我をしているはずだった。それなのに、当たり前のように、せつなのお腹の具合を最優先に考えている。 ラブも当然と受け止めている様子だった。救急箱を取り出して、テキパキとあゆみの手当てをしていった。 「何か作っておくから、もう少し我慢して先にお風呂を済ませていらっしゃい」 「それより、お怪我は大丈夫ですか?」 「大したこと無いわ。ラブ、ここはいいからせっちゃんを案内してあげて」 「うん。こっちだよ、せつな」 お風呂場に案内される。シャンプー、リンス、ソープ。お湯の出し方なんかを教えてもらう。 心細そうな表情をしていたのだろうか、ラブが一緒に入ろうかと申し出る。せつなはびっくりして断った。 「タオルはあたしのを使ってね。パジャマもサイズ一緒だと思うんだ」 「ありがとう」 何日ぶりかのお湯の感覚に身をゆだねる。緊張がほぐれ、現実感が増してくる。 これは夢じゃない。夢に見ることすら、許されないと思うのに。 せつなはふと気が付く。やっと一人になれたことに。押し寄せる愛情に流されるようにここに来てしまった。 ラブだけじゃない。ほとんど面識の無いご両親までもが自分を愛そうとしている。 この世界に来て、人々の暮らしを学んで、ずいぶんわかったつもりになっていた。 ほんとうは、何もわかってなかったんだと気が付く。 信頼とは、一つ一つの積み重ねで築いていくものなんじゃないのか。 愛情とは、一日一日の積み重ねで育てていくものなんじゃないのか。 この家の人たちは、信じることから始めようとしている。愛することから始めようとしている。 何のために? それだけはわかる。東 せつなという少女の――――幸せのためにだ。 だけど――――どうして。 それだけは、いくら考えてもわからなかった。 お風呂から上がり、ラブのピンク色のパジャマに袖を通す。髪を梳いて鏡を見る。 嬉しそうな、でも、不安そうな顔をしていた。笑っているのか、泣いているのかわからないような表情だった。 何度か、笑顔の練習をする。今度は任務じゃなくて、自分自身のために。 自分を受け入れようとしてくれている、やさしい人を安心させるために。 「まあっ! すごく可愛いわ。見違えたわよ、せっちゃん。ラブのパジャマも似合ってるわね」 「でしょ~。せつなってすごく素敵なんだよ」 「私はそんなんじゃ……」 ラブはまるで自分が誉められたかのように、エッヘンと胸を張りながら自慢する。 あゆみが最初にせつなと出会ったのは病室だった。そして、次は暗い公園だった。 この家に来てからも、乱れた服装と髪ではさすがの美貌も大きく損ねられていた。 柔らかな黒髪が艶を帯びて輝く。透き通るような真っ白な肌が、お湯に温められてほんのり赤く染まる。 緊張していた硬い表情が、お風呂でリラックスすることによって柔らかく解ける。 今、目の前にいるせつなは、滅多に見かけないほどに美しく可愛らしい子だった。 せつなは容姿を誉められて赤くなる。自分は美しい。それを意識するようになったのはラブと出会ってからだった。 ラビリンスで容姿を誉められることはない。美しくて当然だから。個人差はあっても、全員がそうだから。 目立ちすぎるのは好ましくない。そう気がついてからは、わざと地味な服装を好んだ。 でも、美しく見せるのもその逆も、全ては任務のため。自分の容姿に関心を持ったことなんてなかった。 自分の胸に湧き上がる感覚に動揺する。 誉められて、嬉しい。そして、恥ずかしい。 相手に好かれたい。より好感を持ってもらいたい。そんな気持ちが働いているのだろうか? それだけではないような気がした。相手が喜んでくれているのが嬉しい。自分の姿が相手に笑顔を与えているのが嬉しい。 相手の反応が嬉しい。これも、初めての体験だった。 「はい、できたわ。雑炊を作ってみたの。これなら消化もいいから」 「ありがとう。いただきます」 レンゲを持つ手が震える。手を付けるのが恐れ多くて―――― それは、これまで口にしてきた食事とは、全く違ったものだと思った。 栄養を補給し、命を繋ぐための配給品ではない。 せつなの空腹を満たすために、せつなを笑顔にするために、心を込めて作られたもの。 生まれて初めて口にする、せつなのためだけに作られた食事だった。 動かないせつなの手に、あゆみの手が添えられる。 見上げると、優しい微笑があった。 湯気の立ち昇る雑炊を、せつなは上品に口に運ぶ。 食べるのは初めてだが、作法は心得ている。潜入を得意とするせつなは、そういった術に長けていた。 しかし、それも始めの数口のこと。やがて急くように、夢中になって食べ始めた。 柔らかな味と香りが口の中で広がる。温かなスープが、疲労と空腹で弱った体に染み渡る。 「おいしい。すごく――――おいしいです」 「そう、よかった」 「あのっ!」 「お話は明日にしましょう。今夜は食べたら休みなさい」 食事を終えて、あゆみと圭太郎に挨拶をする。 ラブにつられるように、せつなもたどたどしく口にして、深々と頭を下げる。 「おやすみなさい」 知識はあった。ラビリンスにだってその習慣はあった。でも、それを実際に口にするのは初めてだった。 嬉しくて、恥ずかしくて、くすぐったくて、温かな気持ちになる。 家族ができた。そんな実感があらためて胸に湧き上がる。 そんな日が来るなんて、思ってもいなかった。 「せつなの部屋は明日みんなで作ろうね。今夜はあたしの部屋でいいよね」 「うん、ありがとう」 「あ、タル! じゃなくて、ちょっと待ってて。少し部屋片付けてくるから」 「うん、わかった」 「おまたせ、入って!」 「お邪魔します」 ラブの部屋に入れてもらう。ミユキという女性のポスターが貼ってあることに気がつく。 ダンスユニット、トリニティのリーダー。ラブの憧れの人で、ダンスのコーチ。 そして、四人目のプリキュアとおぼしき人物。 せつなが何度も襲い――――傷付けた人。 ラブとの仲を裂こうと企んだこともあった。 ズキン! と胸が痛む。 自分はどうしてここにいるんだろう? そんな資格なんてあるはずがないのに。 手に持った幸せの素の欠片を握りしめる。それを砕いたのも自分なのに。 ラブにすがる資格なんて、あるはずがないのに。 言わなくちゃ! 苦しくても、辛くても、これ以上ラブを欺くなんて許されない。 自分が――――許さない! 「ラブ、聞いて。ミユキ……さんとの占いは嘘だったの。あなたたちを別れさせるために、私は!」 「もう……いいよ。もう、いいから泣かないで。あたしまで悲しくなっちゃうよ」 「よくないわっ! 私は他にも――――」 「守るからっ! せつなは、あたしが守るから。どんなことからも守るから……」 だから、もう悲しいお話はやめようよ。ラブはそう言ってせつなに抱きついた。 その体が、ラブの体が震えていることに気がついた。 ラブも傷付いていたんだって、今さらながらにやっと気がついた。明るく振舞っていたからわからなかった。 ラブだってこの二日間、不休で自分を探し続けていたんだって。 いつだってそう。自分はラブを傷付けてばかりいる。自分と出会ってから、ラブは悲しい顔ばかりするようになった。 私は泣いてなんかいないわ。せつなはそう言おうとして、本当に涙が出てきた。 懺悔するように、きつく欠片を握りしめる。それに、ラブが気がついて尋ねた。 「せつな、何を持っているの?」 「これは――――」 とっさに隠そうとして、思いとどまる。これも、自分の罪。 何より、ここまで尽くしてくれているラブに、隠し事なんて許されるはずが無かった。 そっと、手を開いて差し出す。 「ごめんなさい。これしか――――見つからなかったの」 「探してくれたんだ……。ありがとう、せつな」 両手に乗せて、差し出そうとした。その手の上からラブは自分の手を被せて握らせる。 「きっと、見つかるよ。見つけようよ、せつなの幸せ」 「私は、私には――――」 ラブは幸せの素の欠片を一緒に握ったまま、優しく語りかける。 きっと、砕け散った欠片の、その残った一つがせつなの分だったんだと。 だから、大丈夫だって。砕けた部分は、自分と美希と祈里で埋めるからって。 その夜は、ラブのベッドで一緒に眠ることになった。 布団は他にもあるけど、バタバタしてて干すのも忘れてたからって。 ラブは嬉しそうに体を寄せてくる。これからは、毎日一緒だねって。 いくらもしないうちに寝息を立てはじめる。 あまりにも無防備で、信頼しきっていて、それだけに愛しかった。 ラブの鼓動を聞きながら、その温かな体温を感じながら、せつなは想いにふける。 ラブにも、ご両親にも言えなかった。違う、口に出してはいけない気持ち。 幸せはとっくに見つかっている。そして、浸っている。 でも、自分にはそれを手に入れる資格はないんだって。 この素敵な家も、優しい家族も、温かな食事やおふとんも、自分には過ぎたもの。 だから、こうしている間も自分は罪を重ねているんだって。 それでも、今はこの優しさに甘えよう。この温もりに、身をゆだねよう。 自分には、やらなければならないことがあるのだから。 その時がきたら、きっと全てを清算しよう。 その時がきたら、この命を正しく使おう。 そして――――必ず守ってみせるから。 ラブの幸せそうな笑みを浮かべた寝顔に、せつなはそっと、そう誓うのだった。 避2-619へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1138.html
この世界の人間を見て、最初に驚いたもの――それは、笑顔だった。 お母さんの顔を見上げる、小さな子供の笑顔。 その笑顔にやさしく答える、お母さんの笑顔。 友達同士の賑やかな笑い声や、静かに微笑み合う老夫婦。 ラビリンスでも、人々は感情の表現が皆無だったわけじゃない。 でも、あんな花が咲いたような明るい表情を見たのは、初めてだった。 人はこんな美しい表情ができるのかと、 そこかしこで溢れる笑顔を眺めながら、密かに思った。 やがて驚きが治まると、今度は苛立ちを感じ始めた。 その美しい表情が私に向けられることなど、あろうはずがなかったから。 そして、その笑顔の花を奪い、壊すのが、他ならぬ私の任務だったから。 もっとも、あの頃の私には、どうして笑顔を見ると虫唾が走るのか、 その理由なんて、まるで分らなかったけれど。 ラブに出会って、笑顔を向けられる嬉しさとあたたかさを知った。 プリキュアになって、笑顔を守ることができる喜びを知った。 おじさまやおばさまの笑顔。美希やブッキーの笑顔。タルトやシフォンの笑顔。 たくさんの笑顔に囲まれて、自分も笑顔になれるのだということを知った。 ぬくもりというものを覚えた心に、湧きあがったひとつの想い。 私も、誰かを笑顔にしたい。 ラブのように。おばさまやおじさまのように。美希やブッキーのように。 そのためには、どうすればいいのだろう。 笑顔が表情の花ならば、その種は、一体どこにあるんだろう。 天井の一部が欠け落ちた、クローバーフェスティバルのイベント会場。 袖と呼ばれる舞台の陰で、波のように押し寄せるたくさんの笑い声を聞きながら 私はそのことばかりを考え続けていた。 四つ葉になるとき ~第2章:響け!希望のリズム~ Episode5:笑顔の種 「はぁ~~~~!!」 ピーチの気合いのこもった声と共に、ナケワメーケを包み込む光が輝きを増していく。 「シュワ、シュワ~・・・」 断末魔の・・・というより、何だかホッとしたような声が聞こえて、緑色のダイヤが煙のように消失する。あとには四つ葉写真館の、古いけれど店主自慢のカメラが、ぽつんと道端に残された。 サウラーが、忌々しげに何事か呟いて姿を消す。それを見届けてから、四人の少女は変身を解いた。 「みんな、ありがとう。」 ラブは、仲間たちに向き直って、少し照れ臭そうに笑った。 「みんながあたしのこと、帰って来るって信じてくれたから、帰って来られた。ホントにありがとう!」 「何言ってるのよ。あったり前でしょう?」 腕組みした美希が、にっこりと笑ってそう言い放つ。 「うん。わたし、信じてた。せつなちゃんも、そうだよね?」 穏やかに微笑みかける祈里に、ええ、と頷いて、 「ラブなら絶対、帰って来てくれるって思ってたわ。」 まっすぐにラブの目を見つめて、せつなは嬉しそうに言った。 ラブの笑顔が大きくなる。 カメラのナケワメーケの攻撃で、ラブは思い出の世界に送られた。 おじいちゃんと過ごした幼い頃の、穏やかで、無邪気で、何の心配もなかった幸せな日々――そんな甘美な夢の中から帰って来られたのは、おじいちゃんが、自分のやるべきことを思い出させてくれたから。そして、自分の帰りを信じて戦う、三人の仲間の姿を見たからだ。これはおそらく、シフォンが見せてくれたのだろう。 「そうだね。もし、あたしじゃなくて他の誰かが思い出の世界に行っても、あたしもきっと信じてたと思うもの。」 それを聞いて、祈里が震える溜息を、わずかに漏らす。さっきはすんでのところでラブに助けられたが、三人とも危ないところだったのだ。 「どんな思い出の中に閉じ込められたのかなって考えたら、少し怖いけど。」 「そう?アタシはちょっと、見てみたかったな。」 強気な美希の言葉に、思わず顔を上げる祈里。パチリと片目をつむってみせるおどけた顔が、よみがえった恐怖を薄れさせてくれた。 「もう、美希ちゃんたら。さっきは一緒に怖がってたくせに。」 笑い合う二人を、せつなが笑顔で見守る。その顔に一瞬だけ暗い影が浮かんだのを、ラブだけは見逃さなかった。 ☆ 「えーっと、ひき肉と卵、タマネギに牛乳、と。パン粉は、まだあったし。あ!お母さんに、また付け合わせを決められたら大変だ。ええと・・・付け合わせ、ブロッコリーでいいよね?せつな。」 ラブが慣れた手つきで、スーパーのカゴに食材を放り込む。せつなはその後を付いて行きながら、視線を上げて、どこかのレジを担当しているはずのあゆみの姿を探した。 「ええ、いいわよ。・・・あ、ラブ。いちばん右のレジに、おばさまがいるわ。」 「そうそう、お母さんはいつもここなんだよ。」 「あ・・・なんだ、場所が決まってるのね。」 少しだけ悔しそうなせつなの顔を見て、ラブはやけに嬉しそうに、ンフフ~と笑った。 四つ葉写真館にカメラを届けに行ってから、美希と祈里と別れての帰り道。二人は夕食の買い物にやって来ていた。 今日はあゆみが遅番なので、ラブが夕食当番だ。昨日、それを聞いたせつなが、自分にも料理を教えてほしいと、ラブに頼んだのだった。 「ラブの作る料理も、おばさまやおじさまが作る料理も、凄く美味しいから・・・。もしも、私の料理を誰かが食べてくれて、美味しいって笑顔になってくれたら、こんな嬉しいことないって思って・・・。」 うつむき加減で、でも笑みを浮かべながらそう口にするせつなに、ラブは「わっはー!」と歓声を上げて抱きついた。 「もっちろん、バッチリ教えちゃうよぉ。じゃあ、まずはやっぱり、ラブちゃん特製・激うまハンバーグ!明日の晩ご飯は、決まりだねっ!」 「ラブ・・・。確かこの前の夕食当番のときも、ハンバーグじゃなかった?」 「いーのいーの、美味しいんだから。じゃあ、一緒にせつなのエプロンも買いに行っちゃおう!あ、あたしのエプロンも、お揃いで新しいの買っちゃおうかな~。」 これが、昨日の晩の話だ。 「おか~あさん。」 「あら。」 聞き慣れた声に、レジに立つあゆみが顔を上げる。目の前には、どうやらいつも以上に張り切っているらしいラブと、自分を見つめて嬉しそうに微笑むせつな。二人とも同じように、瞳がキラキラと輝いている。 (何だかだんだん、本当の姉妹みたいになってきたわね。) フッと相好を崩したあゆみに、ラブが怪訝そうな顔をした。 「ん?お母さん、何ニヤニヤしてるの?」 「え?そんなことないわよ。」 あゆみは慌てて、ピッ、ピッ、と食材をひとつひとつレジに通し始める。 「今日は、二人で晩ご飯作ってくれるんだったわね。ありがとう。それにしても・・・またハンバーグなの?ラブ。」 「だってぇ、せつなと初めて作る料理なんだよ?だったらやっぱり、ハンバーグでなくちゃあ。」 「はいはい、しょうがないわねぇ。じゃあ、付け合わせは・・・」 「はい、これ!今日はブロッコリーね。何なら、ホウレンソウでもいいんだけどぉ?」 「ぐ・・・わ、わかったわよ。」 「クスッ、フフフ・・・」 ラブとあゆみの掛け合いに、せつなは堪らず、口に手を当ててクスクスと笑い出す。が、次に聞こえてきたあゆみの言葉で、笑い声はどこかに引っ込んでしまった。 「コホン。今日は特別よ。せっちゃんが初めて晩ご飯を作ってくれる日に免じて、許します。せっちゃんには、私がおいし~いニンジン料理、教えてあげるからね。」 「え~、ニンジン料理なんか・・・って、お母さん!『せっちゃん』って、せつなのことだよねっ?」 ラブがレジの上に身を乗り出す。 「ええ。」 あゆみが少し頬を染めて、ニコリと微笑む。そして、ラブの隣りでポカンとしているせつなの顔を、やさしく覗き込んだ。 「・・・そう、呼んでもいいかしら。」 見る見る真っ赤になった顔を隠すように、せつながコクンと頷く。 ピッ。 カゴに残ったブロッコリーをレジに通すと、あゆみは目の前の黒髪を、愛おしげに、そっと撫でた。 ☆ スーパーからの帰り道。今朝の続きで、ラブはクローバータウンストリートのお店を、一軒ずつ、せつなに紹介しながら歩いていく。が、今朝のように足を止めてお店に立ち寄ることはしなかった。 食材を持っての帰り道だから、ということは勿論ある。でもそれ以上に、せつなが何だか、心ここにあらずといった様子に見えたからだ。 沈んだり、考え込んだりしているわけではない。今のせつなは、何だかふわふわしていて、まるで地に足がついていないように、ラブの目には映った。 「ねえ、せつな。」 ラブはとうとう立ち止まると、街路樹の緑をニコニコと眺めているせつなの顔を覗き込んだ。 「ん?なぁに?ラブ。」 そう言ってラブに向き直ったせつなの顔は、今にも笑い出しそうな、それでいて泣き出しそうな顔に見える。 「どうしたの?何だか様子がヘンだよ?さっきからずっと黙りこくって、あたしの話も耳に入ってないみたいじゃない。」 「あ、ごめんなさい。」 せつなは少し申し訳なさそうな顔をして、自分の足先に視線を向けた。 「ねえ、ラブ。」 そのままラブの顔を見ずに、せつなは言葉を繋ぐ。 「さっき、ブッキーと美希が、思い出の世界の話をしていたときにね。私、自分には帰って来られなくなるような楽しい思い出なんて無いって、そう思ってたの。」 さっきの、せつなの顔に一瞬だけど確かに浮かんだ影を思い出して、ラブは心配そうな顔になる。 「でもね。」 せつなはそう言って立ち止まると、ラブの顔を見て、少し照れ臭そうな表情を見せた。 「思い出とは呼ばないんだろうけど、もしも、今この瞬間に・・・この時間の中に閉じ込められたら、私、きっと帰れないんじゃないかって思う。」 「せつな。」 うるんだ瞳をせつなに見られまいと、ラブは顔をそむけて、手に持った買い物袋をヨイショとゆすり上げる。 せつなの幼い頃の話を、ラブは詳しくは聞いたことがない。でも、一緒に住んでいれば、そしてずっと一緒にいれば、少しずつ分かってくることもある。 せつなの戻りたい時間――今までの人生の中で一番幸せな時間が、まさに今この時だという彼女の告白は、ラブにはしみじみと嬉しくて、そして胸が締め付けられるように、哀しかった。 「やだなぁ。今で良いんなら、別に閉じこもる必要なんてないじゃん。」 おどけたようにそう言うと、ラブは足元にあった電柱の影を、ぴょんと跳び越える。 「やっぱり・・・ヘン?」 少し不安そうな顔をするせつなに、ラブはシフォンの真似をして、ぶぅっと頬を膨らませてみせた。 「ヘンだよぉ。だってせつな、これからの方が、もっともっと楽しくなるんだよ?こんなところで立ち止まってちゃ、つまんないよ。」 ラブのふくれっ面がせつなに迫って、パッとその右手を掴む。同時にいつもの笑顔に戻ったラブは、キラリとその瞳を光らせると、いきなり駆け出した。 「だからさ。まずは美味しいハンバーグ作って、みんなで楽しく晩ご飯食べよっ!」 「わかったわ。」 ラブに手を引っ張られながら商店街を走るせつなの顔は、何だか幼い子供のようにあどけなくて、とても嬉しそうだった。 ☆ その日の桃園家の夕食は、ラブとせつなが作ったハンバーグとサラダ、会社から早めに帰って来た圭太郎が作った肉じゃが、それにあゆみが買ってきたデザートのアイスクリームという、実に豪華で賑やかなものとなった。 ぱくりとハンバーグを頬張るあゆみと圭太郎の顔を、せつなは心配そうに見守る。 「うん!とっても美味しいわよ。」 「ん~、幸せだなぁ。」 パッと笑顔になった二人に、せつなもホッとしたように、心から嬉しそうな顔を見せる。 「やったね、せつな!」 ラブがせつなを肘でつついて、二人はアハハ・・・と声を上げて笑った。 「このキャベツも、せっちゃんが切ったのかい?上手だなぁ。ハンバーグもサラダも美味しいし、きっとすぐにラブに負けない料理上手になるぞ。」 圭太郎にも『せっちゃん』と呼ばれて、せつなは微笑みながら頬を染める。きっと両親の間では、せつなのことは少し前から『せっちゃん』と呼んでいたんだろう。ラブはそのことに胸を熱くしながら、 「お父さんってば。料理は勝ち負けじゃないでしょう?」 と、口を尖らせてみせた。 「ハハハ・・・。そうだな。じゃあ、ラブと同じような料理上手、って言っておくか。」 上機嫌な圭太郎を横目で見ながら、あゆみは楽しそうにサラダを口に運ぶ。と、何か言いたげな表情のせつなと、目が合った。 「ん?せっちゃん、どうかした?」 あゆみの言葉に背中を押されたように、せつなが少しはにかみながら、口を開く。 「あの・・・。今日、ラブが・・・おじいさんの夢を見たって、話してくれて。」 「せつな!」 ラブが、口に入れたばかりのハンバーグのカケラを、ゴクリと飲み込む。もっとも、慌てたのはラブだけで、あゆみも圭太郎も、へぇ~、と言った様子でラブを見つめた。 「ねっ、どんな夢見たの?ラブ。」 「べ、別に、大した夢じゃないよ。あたしはまだちっちゃくて、表で遊んでたら、おじいちゃんが探しに来てくれて。それから・・・おじいちゃんがお仕事するところを見たり、駄菓子屋さんで水飴買ってもらったり・・・えっと、そんな感じ。」 「お義父さんは、ラブのことをそれは可愛がっていたからなぁ。」 圭太郎が懐かしそうに呟いて、ビールをこくっと一口飲む。その言葉を聞いて、ラブの顔からやっと焦りの色が消えた。上がり気味だった肩が、すっと下がる。 「あたしも、まだ小さかったから、おじいちゃんのことあんまり覚えてなくて。だから、夢・・・のお陰で色々思い出せて、今日は嬉しかったんだ。」 「そう。いい夢が見られて良かったわね。」 そう言ってから、あゆみはちょっと不思議そうに、ラブに尋ねた。 「今日は、って言ったけど・・・。ラブ、あなたその夢、一体いつ見たの?今日、どこかで昼寝でもした?」 「へっ?あ、い、いやぁ。今日って、け、今朝の話だよ。だから正確には、昨日の夜か、アハハ・・・。朝ご飯のとき、話そうと思って忘れてたんだ。で、その後せつなに話したんだよね。ねっ、せつな。」 「ええ、そうね。」 また慌てているラブの様子に、せつなが笑いを堪えて相槌を打つ。その顔を見て、不思議そうだったあゆみの顔が、ちょっと緩んだ。 「ずいぶん嬉しそうね、せっちゃん。」 「え?ええ。おじいさんの話って初めて聞いたから、どんな人だったのかなぁと思って。」 それを聞いて、あゆみは遠いところを見ているような、少し寂しげで、でもとても穏やかな顔つきになった。 「仕事に対しては頑固なくらい妥協しない人だったけど、家族や町の人には、とてもやさしい人だったの。畳屋なんて、子供にはまるで縁のない店なのに、『畳屋のおじいちゃん』って、近所の子供たちにも人気があったわ。」 「へぇ・・・。素敵な人だったんですね。」 せつなにそう言われて、あゆみは心から嬉しそうな笑顔を見せる。 おじいちゃんの思い出話。ラブの幼い頃の話。あゆみの学生時代の話・・・。 あゆみと圭太郎を中心に、あんなことがあった、こんなことがあったと、食卓に、楽しい昔話の花が咲いた。 やがて食事が終わり、デザートのアイスクリームを食べているとき、せつながふいに圭太郎に尋ねた。 「あの・・・おじさまは、タタミ屋さんじゃないんですよね?あの、お仕事って・・・。」 「ああ、僕の仕事かい?」 圭太郎の目が、キラリと輝く。 「僕はね、カツラメーカーの社員なんだよ。軽くて、通気性があって、水にも強くて・・・付けた人や動物を幸せにするカツラを、日々追求しているんだ!」 あちゃ~、という表情のラブにはお構いなしに、圭太郎は身を乗り出し、アイスが溶けそうな勢いで語り出す。 「・・・カツラ?」 「おっ、せっちゃんは見たことがないか。よぉし、今持ってくるから、ちょっと待ってるんだぞ。」 「お、お父さん!別に持って来なくてもいいよぉ。」 勇んでリビングを出ていく圭太郎を、ラブが慌てて追いかける。残されたあゆみとせつなは、顔を見合わせてクスリと笑うと、食べ終わった食器を重ねて、二人で台所に運んだ。 「あの、おばさま。」 せつなが食器を流しに置いて、あゆみに話しかける。 「ラブの名前って、おじいさんが付けてくれたんですってね。将来、愛情を込めて、何かを成し遂げる子になって欲しいって。」 「あらあら。ラブったら、そんなことまで夢に見たの?」 スポンジでくるくると食器に洗剤を付けながら、あゆみは呆れたような声を出した。 「そうだったわねえ。ラブが生まれたとき、名前はお義父さんに付けてもらうんだって、あの人が頑固に言い張ってね。」 あゆみはそう言いながら、リビングの入り口をちらりと見やる。まだ二人で揉めているのか、圭太郎もラブも、まだ戻ってきてはいなかった。 「それでお父さん、ずいぶん考えたみたいよ。最初に『ラブ』って聞いたときは、ちょっとびっくりしちゃったけど、今思えば・・・案外、お父さんらしいかもね。」 「凄く大きくて、たくさんの想いが込められた名前なのね。とっても素敵。」 最後は小声になってそう呟くせつなの横顔をじっと見つめてから、あゆみは静かに言った。 「ねえ、せっちゃん。ラブがせっちゃんのこと、『せつな』って呼ぶときの顔、私、とても好きなの。どうしてかわかる?」 「え?」 怪訝そうに小首をかしげるせつなに、あゆみはゆっくりと言葉を繋ぐ。 「そのときのラブの顔がね。いつもとっても嬉しそうで、やさしい顔をしてるから。せっちゃんがラブを呼ぶときも、おんなじ顔してるけど。」 少し上気していたせつなの顔が、今度ははっきりと、朱に染まった。 「名前ってね。付けられるときにも、その人へのいろんな夢や想いが込められるけど、本当はその人と一緒に、育っていくものだと思うのよ。」 「名前が・・・育っていく?」 「そう。」 せつなは食器を拭く手を止めて、真剣な顔であゆみを見つめた。あゆみも微笑みながら、せつなを見つめ返す。 「家族や友達から親しみを込めて呼ばれたり、今日せっちゃんがお父さんのこと訊いたみたいに、誰かにどんな人?って訊かれたり。それから、精一杯がんばったことが感謝されて、名前を覚えてもらったりしながら、ね。 せっちゃんとラブが、いろんなことを経験して大人になっていくのと一緒に、二人の名前も周りの人たちの間で、あったかかったり、やさしかったり、頼りがいがあったり、いろーんなイメージを持つ名前に育っていくんだって、私は思うわ。」 せつなの目が、薄い涙の膜の向こうで小さく揺らいだ。昼間のときのようにコクンと頷くと、せつなはそのまま洗いかごの方へ向き直る。布巾をぎゅっと握って、一心に食器を拭く彼女を、あゆみはラブによく似たまなざしで、じっと見つめた。 水道の水の流れる音が、自分の心臓の音に重なって聞こえるような気がする。せつなは湯飲みの縁を布巾でくるりと撫でながら、さっきハンバーグを食べて笑顔になってくれた、あゆみと圭太郎の顔を思い出していた。 美味しい料理を作って、みんなに笑顔になってもらいたい。そう思って、ラブに料理を教えて欲しいと頼んだ。 ラブが大好きだったおじいさん――だからきっと、あゆみも圭太郎も大好きだったはずのおじいさんの話をしたら、きっとみんなが笑顔になってくれるんじゃないかと思った。 その結果は、思った通りだったような、そうではなかったような・・・正確には、思った以上のことが起こったと、せつなは密かに驚いていたのだ。 ハンバーグを食べたあゆみと圭太郎の笑顔を見たとき、嬉しくて嬉しくて、自分が自然に笑顔になっているのに気付いた。そして、そんな自分の顔を見て、ラブもとびっきりの笑顔を見せてくれた。 おじいさんの話だって、みんなとても懐かしそうに、嬉しそうに話していたけれど、普段は聞けない昔の話を色々聞けて、嬉しかったのは自分の方だった。 笑顔の種は、実は誰もが持っていて、花を咲かせるための水が、美味しい料理だったり、楽しいお話だったりするのかもしれないと、さっきまでは思っていた。でも、どうやらそれだけでは無さそうだ。 笑顔は別の笑顔を生んで、その笑顔がまた笑顔を生む。季節になれば花が次々と咲いていくように、笑顔は笑顔の隣りから、どんどん広がって行く。 もしかしたら、その輪の中に入れれば・・・その輪の中に入って、自分自身が笑顔になれれば、私も誰かを笑顔に出来るのかもしれない。そうしたら、ラブのように想いを込めて付けられたわけではないこの名前も、ラブのようなあったかい名前に、いつかは育っていけるのかもしれない。 せつなはそんなことを思いながら、隣で食器を洗っているあゆみの顔を見上げて、もう一度ニッコリと笑った。 リビングに戻ってきたラブは、台所であゆみと楽しそうに話しているせつなを見て、静かに微笑んだ。 (よかったね、せつな。せっちゃん、って呼ばれて、すんごく嬉しかったんだよね。) あのときのせつなの顔に、一瞬だけ浮かんだ暗い影。今この瞬間に閉じ込められたら、帰れないんじゃないかと言った、せつなの顔。そして・・・。 ――苦い思い出になってしまった。 そう言って去っていったサウラーの後ろ姿を、ラブは思い出していた。 プリキュアを全員眠らせて、思い出の世界に閉じ込めてしまえば、いくらでも不幸が集められる。サウラーは、そう言ったらしい。でも、サウラーがせつなの子供時代を・・・閉じ込められるような思い出なんか無かったという子供時代を、知らないとは思えない。それに。 ――なぜだ!なぜ思い出の世界から、帰って来た!? ナケワメーケの攻撃を間一髪で防いだときの、サウラーの叫び。あのときの叫びに、自分の作戦が失敗したことへの苛立ちだけではない、何か寂しさのようなものが混じっているのを、ラブは感じていた。 (もしかしたら・・・。) サウラーの作戦には、本当は別の目的があったんじゃないのか。せつな以外のプリキュア三人を眠らせて、一人になったせつなを取り戻すという、そんな隠された目的が。 もちろん、そんなやり方は間違っている。でも、もしかしたら今日の作戦は、せつなのことをまだ仲間だと――かけがえのない仲間だと思っているからこそ、サウラーが知恵を絞った作戦だったのかもしれない。考えれば考えるほど、ラブはそんな気がしてならなかった。 「ほ~ら、持って来たぞぉ。ラブがうるさいから厳選に厳選を重ねたけど・・・三つくらいなら、いいよな?」 両手にカツラのサンプルを抱えた圭太郎が、満面の笑みでリビングに入ってくる。そのいかにも嬉しそうな、誇らしげな顔を見ているうちに、ラブの胸にも、静かな闘志が湧き上がってきた。 (そうだよ!あたしとせつなと、お父さんとお母さんと、美希たんとブッキーと・・・みーんな、ちゃあんと繋がったんだもの。いつかきっと、あの人たちとも、みんなで幸せゲットできるはず!) 「お父さぁん。そんなに持って来て、まさかせつなに、カツラのモデルやれって言うんじゃないでしょうね?」 ラブは圭太郎にそう言って、台所から出てきたせつなに、ニコッと笑いかける。 「え~っ!これでも、厳選したんだぞぉ。」 悲鳴を上げる圭太郎を、笑いを含んだ目で睨んでから、ラブはサンプルが汚れないように、急いでテーブルの上を拭き始めた。 ~終~ 新2-048へ